第五章 仮面舞踏会 第五話
文字数 3,016文字
サビーナの言う通り、招待状を受け取った令嬢たちは張り切って懇意の工房や有名工房へ仮面を注文した。
ローズは打ち合わせのために店を訪れていた。
「この仮面にはピンクのバラの花を挿す予定だから、こちら側に差し込める場所を作ってちょうだい」
ちょっとした貴族の館のような宝飾店で、布張りの椅子に座り、店員が広げた布やレース、宝石の見本を見ながら要望を伝える。
店内は同じような令嬢たちで満席状態だった。ローズが一通り注文を終えて立ち上がると、店の扉のベルが鳴った。リアーヌがセブランに付き添われて来店したのだった。店員は他に順番を待っている令嬢がいるにもかかわらす、二人を先に通した。
「あらセブラン様、何かをお買い求めですか?」
リアーヌはすれ違いざまにセブランに話しかけた。
「今日はリアーヌの仮面を作りに来たんだ。わたしがいつも贔屓にしている店だからね。品質もいいし、センスもいい」
「まぁ、わたくしもこの店の品が気に入っておりますの。だからここで新しく仮面を注文しましたのよ。でも、仮面に花を挿すというのは初めてですし、特に美しくするにはどうすればいいかわからなくて、どなたか美的センスのある方にご助言いただきたいと思っていましたの。セブラン様のご意見をお伺いしたいわ。試作の時に、一緒に見ていただいてもよろしいかしら」
セブランはきわめて礼儀的な笑みを浮かべた。
「私はこの通りリアーヌにつきっきりでね。残念だが時間がないんだ。他の誰かを頼られたらよろしい」
それだけ言って、さっさと空いた席へ向かっていった。リアーヌは敢てすぐにその後を追わず、勝ち誇ったような笑みを浮かべてローズに話しかけた。
「ここへ来たらお会いできる気がしていましたわ。お兄様からローズ様もこの店が好きで、以前ここのカフスボタンをプレゼントされたって聞いておりましたから。とっても洒落た品でしたわ、新品のまま箱に入っていましたけど。お兄様とローズ様ではお好みが違うようですから、やはり別の方にご意見いただいた方がよろしくてよ。
それに張り切っていらっしゃるのはわかりますが、この店の品をあなたが身に着けるのは、ちょっと背伸びしているように感じますわ。だってこれまでお見かけした時、この店の品を身に着けいらっしゃったことはなかったんですもの。いつもお買い求めの店に行ったほうが、お似合いの物が作れましてよ」
去ってゆくリアーヌの背をローズはキッと睨みつけた。
(何よ、メールヴァン家の遠縁だか何だか知らないけれど、田舎娘のくせに! セブラン様もセブラン様よ、この皇太子妃選びが始まる前から、わたくしがお近づきになるためにお金も時間もかけて努力してきたというのに、親戚の娘が出てきたら見向きもしないなんて。見てなさい。絶対にわたくしが皇太子妃になってやるんだから)
腹立たしくて足早に店の外に出ると、前を横切った人にぶつかった。
「何ですの、お気をつけあそばせ!」
見ると、侍女と下僕を連れたメリザンドだった。
「失礼いたしました。でもあなたこそ、もう少しゆっくりお歩きなさいな。仮面舞踏会に向けて、気持ちが逸っているのはわかりますけれど」
仮面だけでなくドレスと靴も新調するメリザンドは、近くで馬車を待たせて、散歩がてら歩いて店を回っていた。
「ねぇ、あの噂はお聞きになりまして? 皇太子殿下は仮面舞踏会でトルコ石をあしらったサルタンの仮面をお付けになるという」
「もちろん知っておりますわ。皇太子妃候補たちの間で密かに流れている噂。本当かどうかはわかりませんけれど」
「でも確かに殿下はサルタンの仮面をお持ちですわ。近頃あれは出番がなかったので、多くの方にとって見覚えのない仮面ですから、令嬢たちを欺くのにはぴったりなのです。それを考えると、あながちいい加減な噂ではなさそうね。
ああ、別にわたくし、あなたを欺こうなど考えておりませんわよ。そんなこと、する必要はありませんもの」
「わたくしなど取るに足らないとおっしゃりたいのね。流石は皇太子殿下の幼馴染。幼いころから未来の皇太子妃にと育てられた方は違いますわね。許嫁にはなれず、わたくしたちごときと競い合いをさせられていますけれど」
流石のメリザンドも一瞬表情を硬くした。が、すぐに優美な笑みを取りもどして、この先の店へ行くからと、ローズの前を通り過ぎていった。彼女の進む先には都の高級宝飾店がある。そこで仮面を作るつもりなのだろう。
(ああ腹が立つ。メリザンドもリアーヌも、わたくしを馬鹿にして、ただではおかないわ)
恨みを募らせたローズは、ふとある考えを思いつき、屋敷へ戻り始めた馬車を止めて、もう一度宝飾店な蘇が並ぶ通りへ戻った。
メリザンドは宝飾店で、かねてより注文していたダイヤモンドとルビーのネックレスと、揃いのイヤリング、指輪を引き取ったが、仮面の注文はしなかった。仕立屋や靴屋での打ち合わせもさっさと済ませて、馬車に戻ると御者に、高級宝飾店の並ぶ通りから少し外れたところへ向かうよう指示した。
希望の場所まで来ると、馬車から降りる。ここも服飾店が多い通りだったが、どれも規模が小さく、爵位が低い貴族か新興ブルジョワジーのための店ばかりだった。当然メリザンドには不釣り合いで、侍女も下僕も困惑した。だがメリザンドは看板を注意深く見ながら歩を進める。そして目当ての針と糸の絵の看板を見つけた。
リゼットたちはカミーユの工房の隅で、仮面づくりにいそしんでいた。
仮面を、しかも王女の身に着けるものというから、カミーユは受けたかったが、いかんせんお針子が足りない。
「もとはといえばアクセサリーもリゼット様に教わってお針子たちが仕上げているのです。仮面もリゼット様が独自の作り方で仕上げて、後でお針子に教えていただければ、夏の仮面舞踏会からは請け負えるようになります」
ということで、仮面作りはリゼット自らが行い、一緒に皆でつくることになったのだった。
リゼットは素人の工作の仮面で舞踏会に出て恥ずかしくないのかと危惧しているが、ブランシュは手作りの仮面をつけるなんて素敵だと大喜びしているし、キトリィも工作が楽しいらしく嬉々として取り組んでいた。どちらにせよリゼットとパメラとキトリィは仮面を入手しなければならないので、こうなったらもう手を動かすしかない。
リゼットはお団子キャップを作るのと同じ要領で、リボンなどを巻いた針金を曲げて土台を作り、その上に装飾を重ねる手法を取った。これならそれぞの顔にぴいったりに作れるし、花を挿し込むのも容易だからだ。
「だんだん立派な仮面に見えてきましたわ。リゼット様は凄い。これまでも高価なドレスや装飾品がなくても、こうして工夫して乗り越えてこられたのね。わたくしも見習いたいですわ」
パメラがリゼットの指導により徐々に出来上がっていく仮面を見て言った。
「そうね。リゼットは自分の力で道を切り開いているという感じがします。尊敬するわ」
ブランシュからも褒められて、リゼットは謙遜しつつも素直に嬉しいと感じた。前世ではできて当たり前、苦労して当然と言われていたことが認められたからだ。
すると、店の扉が開いた。顔を上げ手見てみると、戸口立っているのはメリザンドだった。
「最近評判のこちらの工房に、仮面をお願いしたくてやってきましたの」
応対に出たカミーユにメリザンドは軽やかに告げた。
ローズは打ち合わせのために店を訪れていた。
「この仮面にはピンクのバラの花を挿す予定だから、こちら側に差し込める場所を作ってちょうだい」
ちょっとした貴族の館のような宝飾店で、布張りの椅子に座り、店員が広げた布やレース、宝石の見本を見ながら要望を伝える。
店内は同じような令嬢たちで満席状態だった。ローズが一通り注文を終えて立ち上がると、店の扉のベルが鳴った。リアーヌがセブランに付き添われて来店したのだった。店員は他に順番を待っている令嬢がいるにもかかわらす、二人を先に通した。
「あらセブラン様、何かをお買い求めですか?」
リアーヌはすれ違いざまにセブランに話しかけた。
「今日はリアーヌの仮面を作りに来たんだ。わたしがいつも贔屓にしている店だからね。品質もいいし、センスもいい」
「まぁ、わたくしもこの店の品が気に入っておりますの。だからここで新しく仮面を注文しましたのよ。でも、仮面に花を挿すというのは初めてですし、特に美しくするにはどうすればいいかわからなくて、どなたか美的センスのある方にご助言いただきたいと思っていましたの。セブラン様のご意見をお伺いしたいわ。試作の時に、一緒に見ていただいてもよろしいかしら」
セブランはきわめて礼儀的な笑みを浮かべた。
「私はこの通りリアーヌにつきっきりでね。残念だが時間がないんだ。他の誰かを頼られたらよろしい」
それだけ言って、さっさと空いた席へ向かっていった。リアーヌは敢てすぐにその後を追わず、勝ち誇ったような笑みを浮かべてローズに話しかけた。
「ここへ来たらお会いできる気がしていましたわ。お兄様からローズ様もこの店が好きで、以前ここのカフスボタンをプレゼントされたって聞いておりましたから。とっても洒落た品でしたわ、新品のまま箱に入っていましたけど。お兄様とローズ様ではお好みが違うようですから、やはり別の方にご意見いただいた方がよろしくてよ。
それに張り切っていらっしゃるのはわかりますが、この店の品をあなたが身に着けるのは、ちょっと背伸びしているように感じますわ。だってこれまでお見かけした時、この店の品を身に着けいらっしゃったことはなかったんですもの。いつもお買い求めの店に行ったほうが、お似合いの物が作れましてよ」
去ってゆくリアーヌの背をローズはキッと睨みつけた。
(何よ、メールヴァン家の遠縁だか何だか知らないけれど、田舎娘のくせに! セブラン様もセブラン様よ、この皇太子妃選びが始まる前から、わたくしがお近づきになるためにお金も時間もかけて努力してきたというのに、親戚の娘が出てきたら見向きもしないなんて。見てなさい。絶対にわたくしが皇太子妃になってやるんだから)
腹立たしくて足早に店の外に出ると、前を横切った人にぶつかった。
「何ですの、お気をつけあそばせ!」
見ると、侍女と下僕を連れたメリザンドだった。
「失礼いたしました。でもあなたこそ、もう少しゆっくりお歩きなさいな。仮面舞踏会に向けて、気持ちが逸っているのはわかりますけれど」
仮面だけでなくドレスと靴も新調するメリザンドは、近くで馬車を待たせて、散歩がてら歩いて店を回っていた。
「ねぇ、あの噂はお聞きになりまして? 皇太子殿下は仮面舞踏会でトルコ石をあしらったサルタンの仮面をお付けになるという」
「もちろん知っておりますわ。皇太子妃候補たちの間で密かに流れている噂。本当かどうかはわかりませんけれど」
「でも確かに殿下はサルタンの仮面をお持ちですわ。近頃あれは出番がなかったので、多くの方にとって見覚えのない仮面ですから、令嬢たちを欺くのにはぴったりなのです。それを考えると、あながちいい加減な噂ではなさそうね。
ああ、別にわたくし、あなたを欺こうなど考えておりませんわよ。そんなこと、する必要はありませんもの」
「わたくしなど取るに足らないとおっしゃりたいのね。流石は皇太子殿下の幼馴染。幼いころから未来の皇太子妃にと育てられた方は違いますわね。許嫁にはなれず、わたくしたちごときと競い合いをさせられていますけれど」
流石のメリザンドも一瞬表情を硬くした。が、すぐに優美な笑みを取りもどして、この先の店へ行くからと、ローズの前を通り過ぎていった。彼女の進む先には都の高級宝飾店がある。そこで仮面を作るつもりなのだろう。
(ああ腹が立つ。メリザンドもリアーヌも、わたくしを馬鹿にして、ただではおかないわ)
恨みを募らせたローズは、ふとある考えを思いつき、屋敷へ戻り始めた馬車を止めて、もう一度宝飾店な蘇が並ぶ通りへ戻った。
メリザンドは宝飾店で、かねてより注文していたダイヤモンドとルビーのネックレスと、揃いのイヤリング、指輪を引き取ったが、仮面の注文はしなかった。仕立屋や靴屋での打ち合わせもさっさと済ませて、馬車に戻ると御者に、高級宝飾店の並ぶ通りから少し外れたところへ向かうよう指示した。
希望の場所まで来ると、馬車から降りる。ここも服飾店が多い通りだったが、どれも規模が小さく、爵位が低い貴族か新興ブルジョワジーのための店ばかりだった。当然メリザンドには不釣り合いで、侍女も下僕も困惑した。だがメリザンドは看板を注意深く見ながら歩を進める。そして目当ての針と糸の絵の看板を見つけた。
リゼットたちはカミーユの工房の隅で、仮面づくりにいそしんでいた。
仮面を、しかも王女の身に着けるものというから、カミーユは受けたかったが、いかんせんお針子が足りない。
「もとはといえばアクセサリーもリゼット様に教わってお針子たちが仕上げているのです。仮面もリゼット様が独自の作り方で仕上げて、後でお針子に教えていただければ、夏の仮面舞踏会からは請け負えるようになります」
ということで、仮面作りはリゼット自らが行い、一緒に皆でつくることになったのだった。
リゼットは素人の工作の仮面で舞踏会に出て恥ずかしくないのかと危惧しているが、ブランシュは手作りの仮面をつけるなんて素敵だと大喜びしているし、キトリィも工作が楽しいらしく嬉々として取り組んでいた。どちらにせよリゼットとパメラとキトリィは仮面を入手しなければならないので、こうなったらもう手を動かすしかない。
リゼットはお団子キャップを作るのと同じ要領で、リボンなどを巻いた針金を曲げて土台を作り、その上に装飾を重ねる手法を取った。これならそれぞの顔にぴいったりに作れるし、花を挿し込むのも容易だからだ。
「だんだん立派な仮面に見えてきましたわ。リゼット様は凄い。これまでも高価なドレスや装飾品がなくても、こうして工夫して乗り越えてこられたのね。わたくしも見習いたいですわ」
パメラがリゼットの指導により徐々に出来上がっていく仮面を見て言った。
「そうね。リゼットは自分の力で道を切り開いているという感じがします。尊敬するわ」
ブランシュからも褒められて、リゼットは謙遜しつつも素直に嬉しいと感じた。前世ではできて当たり前、苦労して当然と言われていたことが認められたからだ。
すると、店の扉が開いた。顔を上げ手見てみると、戸口立っているのはメリザンドだった。
「最近評判のこちらの工房に、仮面をお願いしたくてやってきましたの」
応対に出たカミーユにメリザンドは軽やかに告げた。