第一章 労多くして功少なし 第六話
文字数 2,922文字
今日は第二部のレビューショーの稽古だった。レビューショーは様々な歌とダンスで構成される。その中に一つ、娘役だけの群舞の場面がある。トップ娘役以下、結構な下級生まで大人数が出る。振り付けは既についているから、出演する生徒のみで練習をする。
「じゃあ始めます。最初から」
と、音頭を取ったのは研10になる夏希 さやかだった。彼女は非路線だが、ダンスを得意としていて、こういうダンス稽古の時はリーダー的なポジションを務めている。彼女より上級生も数人いるし、同期の舞白美湖もダンスを得手としているが、歌舞校に高卒入学したため、実年齢は何人かの上級生より上だったし、きびきびとしたしっかり者なので、自然とこういう役割になった。
最初にトップ娘役の姫咲ののが登場して一節歌い、中央のポジションにつくと、数人の娘役が加わる。この数人は音輝 めいをはじめとした路線の娘役である。その後に他の娘役も登場して全員で踊る。夢園さゆりはもちろん最後に登場するその他の娘役である。
カセットテープから流れるジャズの音楽に乗って、色とりどりの稽古スカートが翻る。優雅で洒落た乙女たち。
その中で、やはり星華唯 が一人だけ浮いていた。輪っかのドレスでなくとも、こうしたロングドレスの衣装のダンスでは、美しいスカートさばきが求められる。スカートの裾を手に持って振る動きがあるから尚更だ。
星華唯は踊り方も男役が抜けていないため、娘役らしい優美さがまったくなかった。黄色いスカートはバサバサと足の動き合わせて乱雑に揺れているにすぎず、時折足が丸見えになっている。スカートを振る時も、飛ぶつもりかというくらい動きが大きい。
稽古場の鏡に映った自らの姿を見れば、悪目立ちしていると思い知らされる。彼女のにこやかな笑顔はどこか引きつっていた。それが夢園 さゆりにはよくわかった。なにせ、彼女が自分のまん前で踊っていたからだ。
ここが揃っていないだとか、ここは少し
「わかってると思うけど、一人だけ全然きれいじゃないの。これじゃ、せっかくみんなで合わせても台無しだよ。娘役やるのに、ただ普段の女の自分に戻ればいいって思ってるならそれは違うから。男役さんが男性に見えるように努力してるなら、娘役はより女性らしく見えるようにしなきゃいけない。同じ女同士だから、そうしなきゃ成立しないんだよ。
動きがごつくてもいいけど、せめてスカートだけはバサバサしないでくれる。足上げるところ、このままこうやったらめくれるに決まってる。こうやって、上げるのよ。スカート振る時も、こうするの」
そう言ってお手本を何度か見せる。星華唯は食い入るように見つめ、また自分でも試してみる。もっともすぐには上手くできないようだが。
「娘役やるって決めたんだったら、きちんと娘役として舞台に立って。前で踊らさしてもらってるんだから尚更だよ」
「はい」
上級生の有り難いご指導、というよりお叱りを受けて、星華唯はただ返事をして、黙々と鏡の前で今習ったことを反芻するだけだった。
(ゆきさん相変わらずビシバシ言うなぁ)
ゆきは夏希さやかの愛称である。ちょっと言い過ぎでは、と感じなくはないが、彼女の指摘は正しいと夢園さゆりは思った。男役は男性を演じるが、娘役もまた女性を演じている。
夏希さやかが教えているのを、数人の下級生が側で側で見ていた。その中に晴日 つばめもいたので、夢園さゆりは彼女に教える。
「スカートを振る時は、ふわっと、風に乗せるように。スカートの裾がウェーブする形をイメージすると、上手くいくよ」
「はい。ありがとうございます」
星華唯にも聞こえていれば、多少助けになるかもしれない。晴日つばめの水色のスカートがふわりと広がる。周りの下級生たちのスカートも、ふわり。ふわふわ舞うスカートは万華鏡のようだったが、今日はどうしてか舞い上がる埃が目について、美しく見えなかった。
稽古場の壁には、衣装のデザイン画や写真などが張り出されている。この場面では、トップ娘役が、ラインストーンが散りばめられた濃い紫のロングドレスを着る。新調した衣装なので、デザイン画のみが張り出されている。ほかの娘役は既存の衣装を着るので、実物の写真が張り出されていた。薄紫でビスチェの部分にラインストーンが散りばめられているのが路線娘役たちの衣装。夢園さゆりたちその他の娘役には、ラインストーンがない衣装が割り当てられる。
スカートさばきも満足にできない星華唯がキラキラの衣装を着て前で踊り、自分はキラキラなしの衣装で後ろで踊る。
(何考えてるんだろう、わたし。そんなこと言い出したらきりがないじゃない)
この稽古が終わったら、美容院に行って、かつらの打ち合わせをしなくては。衣装のデザインも出てきて、もうすぐ舞台稽古だから、髪飾りやアクセサリーも何とかしなくてはいけないと、目の前の問題に無理やり焦点を合わせて、夢園さゆりは不毛な思考を断ち切った。
「すみません。お団子キャップを見ていただけますか?」
ついに舞台稽古に入ったその日に、晴日 つばめがおずおずと両手の上に薄紫色のしずく型の物を差し出してきた。
これはお団子キャップといって、娘役の装飾品の一種である。通常娘役は髪をバレリーナのようにシニョンにしており、その上にかつらをかぶったりつけ毛をつけたりしているのだが、主にショーの中で、お団子頭の状態で舞台に立つときに、お団子の上に衣装に合わせた飾りをつける。
針金やリボン、ビーズ、ラインストーン、造花。とにかくいろいろな素材を使って、ドーム形に作り、コームをつけてお団子を覆うように被せ固定する。
夢園さゆりは彼女の手のひらからお団子キャップをそっと持ち上げて、左右前後に傾けてよく見た。針金を薄紫のサテンリボンで覆って、その上に紫のラインストーンのブレードを細い針金で巻き付け、ドームの土台を作っている。その土台の上に、同系色のビーズで造った揺れる飾りが左右対称についており、金色のレースが這っている。完全な円形ではなく、下の方がしずく型に尖っているのは、その方が横から見た時頭の形がきれいに見えて、首も長く見えるからだ。
「うん。綺麗にできてるよ。強いて言うなら、この場面は曲がジャズだから、わざと左右非対称にしたほうがおしゃれに見えるかも。例えば、垂れさがる飾りはこっち側だけにして、レースはこっち側にして、前から少し見える感じで……」
舞台上で使うアクセサリーも、出来合いの安物で役柄や衣装にぴったりくるものがあれば買ってすませるが、無ければ手芸店でビーズやラインストーンやらを買ってきて、自分で作る。
衣装が決まるのは稽古の後半に入ってからで、舞台稽古の時には必要になるので、娘役たちは連日徹夜でアクセサリーを作る。夢園さゆりもこの時、あくびを噛み殺していた。先輩の言葉にいちいち小さく頷いて、一言一句聞き逃すまいとしている晴日つばめの目の下も、化粧の上からでもうっすらわかるくらい隈ができていた。
「じゃあ始めます。最初から」
と、音頭を取ったのは研10になる
最初にトップ娘役の姫咲ののが登場して一節歌い、中央のポジションにつくと、数人の娘役が加わる。この数人は
カセットテープから流れるジャズの音楽に乗って、色とりどりの稽古スカートが翻る。優雅で洒落た乙女たち。
その中で、やはり
星華唯は踊り方も男役が抜けていないため、娘役らしい優美さがまったくなかった。黄色いスカートはバサバサと足の動き合わせて乱雑に揺れているにすぎず、時折足が丸見えになっている。スカートを振る時も、飛ぶつもりかというくらい動きが大きい。
稽古場の鏡に映った自らの姿を見れば、悪目立ちしていると思い知らされる。彼女のにこやかな笑顔はどこか引きつっていた。それが
ここが揃っていないだとか、ここは少し
ため
たほうがいいとか、上級生たちが意見を出して、それを意識して何度か踊る。少し休憩となったところで、夏希さやかが星華唯につかつかと近付いた。「わかってると思うけど、一人だけ全然きれいじゃないの。これじゃ、せっかくみんなで合わせても台無しだよ。娘役やるのに、ただ普段の女の自分に戻ればいいって思ってるならそれは違うから。男役さんが男性に見えるように努力してるなら、娘役はより女性らしく見えるようにしなきゃいけない。同じ女同士だから、そうしなきゃ成立しないんだよ。
動きがごつくてもいいけど、せめてスカートだけはバサバサしないでくれる。足上げるところ、このままこうやったらめくれるに決まってる。こうやって、上げるのよ。スカート振る時も、こうするの」
そう言ってお手本を何度か見せる。星華唯は食い入るように見つめ、また自分でも試してみる。もっともすぐには上手くできないようだが。
「娘役やるって決めたんだったら、きちんと娘役として舞台に立って。前で踊らさしてもらってるんだから尚更だよ」
「はい」
上級生の有り難いご指導、というよりお叱りを受けて、星華唯はただ返事をして、黙々と鏡の前で今習ったことを反芻するだけだった。
(ゆきさん相変わらずビシバシ言うなぁ)
ゆきは夏希さやかの愛称である。ちょっと言い過ぎでは、と感じなくはないが、彼女の指摘は正しいと夢園さゆりは思った。男役は男性を演じるが、娘役もまた女性を演じている。
夏希さやかが教えているのを、数人の下級生が側で側で見ていた。その中に
「スカートを振る時は、ふわっと、風に乗せるように。スカートの裾がウェーブする形をイメージすると、上手くいくよ」
「はい。ありがとうございます」
星華唯にも聞こえていれば、多少助けになるかもしれない。晴日つばめの水色のスカートがふわりと広がる。周りの下級生たちのスカートも、ふわり。ふわふわ舞うスカートは万華鏡のようだったが、今日はどうしてか舞い上がる埃が目について、美しく見えなかった。
稽古場の壁には、衣装のデザイン画や写真などが張り出されている。この場面では、トップ娘役が、ラインストーンが散りばめられた濃い紫のロングドレスを着る。新調した衣装なので、デザイン画のみが張り出されている。ほかの娘役は既存の衣装を着るので、実物の写真が張り出されていた。薄紫でビスチェの部分にラインストーンが散りばめられているのが路線娘役たちの衣装。夢園さゆりたちその他の娘役には、ラインストーンがない衣装が割り当てられる。
スカートさばきも満足にできない星華唯がキラキラの衣装を着て前で踊り、自分はキラキラなしの衣装で後ろで踊る。
(何考えてるんだろう、わたし。そんなこと言い出したらきりがないじゃない)
この稽古が終わったら、美容院に行って、かつらの打ち合わせをしなくては。衣装のデザインも出てきて、もうすぐ舞台稽古だから、髪飾りやアクセサリーも何とかしなくてはいけないと、目の前の問題に無理やり焦点を合わせて、夢園さゆりは不毛な思考を断ち切った。
「すみません。お団子キャップを見ていただけますか?」
ついに舞台稽古に入ったその日に、
これはお団子キャップといって、娘役の装飾品の一種である。通常娘役は髪をバレリーナのようにシニョンにしており、その上にかつらをかぶったりつけ毛をつけたりしているのだが、主にショーの中で、お団子頭の状態で舞台に立つときに、お団子の上に衣装に合わせた飾りをつける。
針金やリボン、ビーズ、ラインストーン、造花。とにかくいろいろな素材を使って、ドーム形に作り、コームをつけてお団子を覆うように被せ固定する。
夢園さゆりは彼女の手のひらからお団子キャップをそっと持ち上げて、左右前後に傾けてよく見た。針金を薄紫のサテンリボンで覆って、その上に紫のラインストーンのブレードを細い針金で巻き付け、ドームの土台を作っている。その土台の上に、同系色のビーズで造った揺れる飾りが左右対称についており、金色のレースが這っている。完全な円形ではなく、下の方がしずく型に尖っているのは、その方が横から見た時頭の形がきれいに見えて、首も長く見えるからだ。
「うん。綺麗にできてるよ。強いて言うなら、この場面は曲がジャズだから、わざと左右非対称にしたほうがおしゃれに見えるかも。例えば、垂れさがる飾りはこっち側だけにして、レースはこっち側にして、前から少し見える感じで……」
舞台上で使うアクセサリーも、出来合いの安物で役柄や衣装にぴったりくるものがあれば買ってすませるが、無ければ手芸店でビーズやラインストーンやらを買ってきて、自分で作る。
衣装が決まるのは稽古の後半に入ってからで、舞台稽古の時には必要になるので、娘役たちは連日徹夜でアクセサリーを作る。夢園さゆりもこの時、あくびを噛み殺していた。先輩の言葉にいちいち小さく頷いて、一言一句聞き逃すまいとしている晴日つばめの目の下も、化粧の上からでもうっすらわかるくらい隈ができていた。