第八章 恋心 第七話
文字数 3,053文字
(皇太子殿下はこの不正とは無関係よね。コインはちょうど45枚。卵サンドは55枚だから、あと10枚必要ね。最後の勝負だから、全員全てのコインを賭けている。メリザンドが勝ってしまったら、殿下はリゼットに卵サンドを贈れない。リゼットのためにも殿下にコインを10枚あげなくては)
サビーナは何食わぬ顔でそっと父親の後ろに立ち、肩に手を置いて言った。
「お父様頑張って」
「さ、サビーナ、お前……」
娘の方から近寄ってきてくれたことに喜びを隠せない伯爵。サビーナはさりげなく彼の耳元に囁いた。
「肩をたたいたらカードをもらって」
早口の指示をなんとか聞き取った伯爵は、目を白黒させながらゲームに臨んだ。
カードが配られる。ソンルミエール公爵の手元の一枚は表側になっている。8のカードだ。そしてそれぞれに二枚ずつカードが配られる。
(お父様のカードは5と7で、どちらも印がないカード。とすると、汚れのうちどちらかは10のカード、どちらかは5以下の数字の印じゃないかしら。公爵のカードは、伏せられている方は印なし。次のカードも印なし。ディーラーは最後に17以上になるまでカードを引く。だからお父様が17以上で21に近づけるにはもう一枚必要)
メリザンドはカードを要求しなかった。皇后は要求した。
(メリザンドはこの時点で17以上で、かなりいいカードなようね。さっき覚えた順番だと、一枚には黒い印がついている。つまりそれが10のカードなのじゃないかしら。だとすると、赤い印は小さい数字。メリザンドのもう一枚は印なしだったから、合計は17から19のどれかってわけね。皇后陛下の一枚は赤い印、もう一枚は印なし。そして今印無しが入ったわ。やっと17以上になるかならないかね。皇太子殿下の所の一枚は黒い印だわ)
次のカードは何の印もなかった。サビーナは父の肩に手を置いたまま、指先でとんとんと叩いた。伯爵はカードを要求する。来たのは7のカードだった。合計で20になる。ルシアンの元へは10のカードが渡った。この時点で、ルシアンの持ち札は21を超えてしまった。彼は残念な顔をしてカードを開示した。
二巡目でメリザンドは少し迷う仕草を見せた。次のカードは10のカード。その次は赤の印の小さいカードである。もし10のカードを引いたら、21を超えてしまう。しかし、伯爵が自分より21に近い数字であった場合このままだと負けてしまう。
そこで皇后は10のカードを要求した。そして21を超えてしまったと、カードを開示した。
次のカードは赤い印。その次は黒い印。ソンルミエール公爵の手札は8と5以上なので、5より小さい数字を引いたら、17以上にならず、さらにカードを引かなければならない。その次は10のカードなので、確実に21を超えてしまう。伯爵を負かすには、父が勝つか自らが勝つかしかない。メリザンドは数字がごく小さいことを祈ってカードを引いた。
メリザンドは息の飲んで新しいカードを見て、そのまま手の中に納めた。
それからサビーナは伯爵にカードは引かせず、いよいよ勝負の時となった。ソンルミエール公爵の伏せていたカードは6,合計14で、ディーラーは17以上にならないといけないため、黒い印のカードを引いて、和えなく24となり敗北した。そしてメリザンドの手札は10と8と2で20。エテスポワール伯爵と同点だった。
「これは最後の勝負ですから、同点となりますと、取り分を山分けすることになりますな……」
と、伯爵が全てのコインを集めて分配しようとしたところで、ソンルミエール公爵が声を発した。
「やや、この不自然な汚れはなんだ? よく見ればこのカードにもついている。まさか、カードを見分けるために何者かが汚れをつけたのでは」
全てのコインを半分にしたら、サクランボは手に入らない。公爵はこの勝負をなかったことにして、仕切り直ししようという魂胆だった。もちろん、皇后もその思惑に気が付いて、同じようにイカサマがあったと騒ぎ始めた。サビーナにとっては思う壺だった。
「ばれてしまっては仕方ありませんわね。わたくしが印をつけたトランプにすり替えていたんですの」
「まぁ、サビーナ嬢、あれだけイカサマはいけないと言ったのに、あなたは皇太子妃候補失格ですよ」
「ええ。構いませんわ。そしてこの勝負はなかったことになります。この会のルールでは、イカサマをした人間のコインは没収され、その勝負に参加した人に平等に分けられるんですわよね。わたくしとお父様が元々持っていたコインをお渡しします。どうぞお分けください」
おろおろするエテスポワール伯爵の前で、サビーナはあっさりと罪を認め、てきぱきとコインを差し出した。
「では、勝負はやり直しか。だがこのコインが貰えれば目当ての景品に手が届く。すまないがわたしは勝負から降りるよ」
とルシアンはテーブルを立った。当然エテスポワール公爵は参加できない。となると、メリザンドと皇后のみがテーブルに残った。しかしこの二人で賭けをしたところで、サクランボを手にいれられるコインは集められない。
「……なんだか興がそがれてしまいましたわ。わたくしも、もう結構ですわ」
メリザンドは残念そうに微笑んで皇后と一緒に席を立った。
「サビーナ、お前イカサマなんてことをしたのか?」
事情が分からず困惑する父親にサビーナは少々苛立ちを覚えた。
「わたくしではなくて他の誰か。まぁ、十中八九はソンルミエール公爵とメリザンド、それに皇后陛下がグルになっていたんでしょうね。お父様が不正を犯していないか気になって見ていたら、カードに印が付いていることに気が付いたの」
「だったら告発すればよかったではないか。お前が罪を被って、皇太子妃選びから脱落することはなかったのに」
「いいのよ。罪を被ってでもこの勝負をなかったことにするのが、わたくしにとって皇太子妃になるより大切なことだったの。
お父様が皇太子妃の座に執着するのはわたくしのためを思ってだというとはわかるわ。よりよい嫁ぎ先を見つけてやりたいという思いの延長線上なんでしょう。でもわたくしはそんなに皇太子妃に魅力を感じていないわ。妃選びも、着飾ってしなを作ってダンスやお喋り、正直くだらないとずっと思っていたのよ。まして卑怯な手を使うなんてありえないわ。人間として間違った行動をしたら、未来の皇后どころか、誰の妻にだって、誰の母親にだってなれないわよ。
お父様がリゼットにしたことは許せないし、わたくしも申し訳なく思っていたの。だから今回こうやって脱落したのは良かったのよ。お父様もこれを罰と思って反省してください。そうして下さったら、許します」
全く反論の余地はなかった。エテスポワール伯爵は可哀そうなくらい項垂れた。
「すまなかった。わたしが間違っていたよ。お前のためにと思ってしたことが、お前のためになっていないどころか、傷つけていたんだな。これからは卑怯なことはしないし、お前の意思を尊重するから、どうか戻ってきてくれないか」
「……本当に反省したかどうか、口だけではわかりませんから。どちらにせよリゼットを助けるために、しばらくはブランシュの家に厄介になります」
サビーナはぶっきらぼうに言って去っていった。
「伯爵、サビーナ嬢はリゼット嬢のためにああしたんじゃよ。美しい友情じゃろう」
ポーラック卿がエテスポワール伯爵の肩に手を置いて、そっと遠くを指さした。その先にある光景を見て、伯爵は娘の行動の真意を知った。
サビーナは何食わぬ顔でそっと父親の後ろに立ち、肩に手を置いて言った。
「お父様頑張って」
「さ、サビーナ、お前……」
娘の方から近寄ってきてくれたことに喜びを隠せない伯爵。サビーナはさりげなく彼の耳元に囁いた。
「肩をたたいたらカードをもらって」
早口の指示をなんとか聞き取った伯爵は、目を白黒させながらゲームに臨んだ。
カードが配られる。ソンルミエール公爵の手元の一枚は表側になっている。8のカードだ。そしてそれぞれに二枚ずつカードが配られる。
(お父様のカードは5と7で、どちらも印がないカード。とすると、汚れのうちどちらかは10のカード、どちらかは5以下の数字の印じゃないかしら。公爵のカードは、伏せられている方は印なし。次のカードも印なし。ディーラーは最後に17以上になるまでカードを引く。だからお父様が17以上で21に近づけるにはもう一枚必要)
メリザンドはカードを要求しなかった。皇后は要求した。
(メリザンドはこの時点で17以上で、かなりいいカードなようね。さっき覚えた順番だと、一枚には黒い印がついている。つまりそれが10のカードなのじゃないかしら。だとすると、赤い印は小さい数字。メリザンドのもう一枚は印なしだったから、合計は17から19のどれかってわけね。皇后陛下の一枚は赤い印、もう一枚は印なし。そして今印無しが入ったわ。やっと17以上になるかならないかね。皇太子殿下の所の一枚は黒い印だわ)
次のカードは何の印もなかった。サビーナは父の肩に手を置いたまま、指先でとんとんと叩いた。伯爵はカードを要求する。来たのは7のカードだった。合計で20になる。ルシアンの元へは10のカードが渡った。この時点で、ルシアンの持ち札は21を超えてしまった。彼は残念な顔をしてカードを開示した。
二巡目でメリザンドは少し迷う仕草を見せた。次のカードは10のカード。その次は赤の印の小さいカードである。もし10のカードを引いたら、21を超えてしまう。しかし、伯爵が自分より21に近い数字であった場合このままだと負けてしまう。
そこで皇后は10のカードを要求した。そして21を超えてしまったと、カードを開示した。
次のカードは赤い印。その次は黒い印。ソンルミエール公爵の手札は8と5以上なので、5より小さい数字を引いたら、17以上にならず、さらにカードを引かなければならない。その次は10のカードなので、確実に21を超えてしまう。伯爵を負かすには、父が勝つか自らが勝つかしかない。メリザンドは数字がごく小さいことを祈ってカードを引いた。
メリザンドは息の飲んで新しいカードを見て、そのまま手の中に納めた。
それからサビーナは伯爵にカードは引かせず、いよいよ勝負の時となった。ソンルミエール公爵の伏せていたカードは6,合計14で、ディーラーは17以上にならないといけないため、黒い印のカードを引いて、和えなく24となり敗北した。そしてメリザンドの手札は10と8と2で20。エテスポワール伯爵と同点だった。
「これは最後の勝負ですから、同点となりますと、取り分を山分けすることになりますな……」
と、伯爵が全てのコインを集めて分配しようとしたところで、ソンルミエール公爵が声を発した。
「やや、この不自然な汚れはなんだ? よく見ればこのカードにもついている。まさか、カードを見分けるために何者かが汚れをつけたのでは」
全てのコインを半分にしたら、サクランボは手に入らない。公爵はこの勝負をなかったことにして、仕切り直ししようという魂胆だった。もちろん、皇后もその思惑に気が付いて、同じようにイカサマがあったと騒ぎ始めた。サビーナにとっては思う壺だった。
「ばれてしまっては仕方ありませんわね。わたくしが印をつけたトランプにすり替えていたんですの」
「まぁ、サビーナ嬢、あれだけイカサマはいけないと言ったのに、あなたは皇太子妃候補失格ですよ」
「ええ。構いませんわ。そしてこの勝負はなかったことになります。この会のルールでは、イカサマをした人間のコインは没収され、その勝負に参加した人に平等に分けられるんですわよね。わたくしとお父様が元々持っていたコインをお渡しします。どうぞお分けください」
おろおろするエテスポワール伯爵の前で、サビーナはあっさりと罪を認め、てきぱきとコインを差し出した。
「では、勝負はやり直しか。だがこのコインが貰えれば目当ての景品に手が届く。すまないがわたしは勝負から降りるよ」
とルシアンはテーブルを立った。当然エテスポワール公爵は参加できない。となると、メリザンドと皇后のみがテーブルに残った。しかしこの二人で賭けをしたところで、サクランボを手にいれられるコインは集められない。
「……なんだか興がそがれてしまいましたわ。わたくしも、もう結構ですわ」
メリザンドは残念そうに微笑んで皇后と一緒に席を立った。
「サビーナ、お前イカサマなんてことをしたのか?」
事情が分からず困惑する父親にサビーナは少々苛立ちを覚えた。
「わたくしではなくて他の誰か。まぁ、十中八九はソンルミエール公爵とメリザンド、それに皇后陛下がグルになっていたんでしょうね。お父様が不正を犯していないか気になって見ていたら、カードに印が付いていることに気が付いたの」
「だったら告発すればよかったではないか。お前が罪を被って、皇太子妃選びから脱落することはなかったのに」
「いいのよ。罪を被ってでもこの勝負をなかったことにするのが、わたくしにとって皇太子妃になるより大切なことだったの。
お父様が皇太子妃の座に執着するのはわたくしのためを思ってだというとはわかるわ。よりよい嫁ぎ先を見つけてやりたいという思いの延長線上なんでしょう。でもわたくしはそんなに皇太子妃に魅力を感じていないわ。妃選びも、着飾ってしなを作ってダンスやお喋り、正直くだらないとずっと思っていたのよ。まして卑怯な手を使うなんてありえないわ。人間として間違った行動をしたら、未来の皇后どころか、誰の妻にだって、誰の母親にだってなれないわよ。
お父様がリゼットにしたことは許せないし、わたくしも申し訳なく思っていたの。だから今回こうやって脱落したのは良かったのよ。お父様もこれを罰と思って反省してください。そうして下さったら、許します」
全く反論の余地はなかった。エテスポワール伯爵は可哀そうなくらい項垂れた。
「すまなかった。わたしが間違っていたよ。お前のためにと思ってしたことが、お前のためになっていないどころか、傷つけていたんだな。これからは卑怯なことはしないし、お前の意思を尊重するから、どうか戻ってきてくれないか」
「……本当に反省したかどうか、口だけではわかりませんから。どちらにせよリゼットを助けるために、しばらくはブランシュの家に厄介になります」
サビーナはぶっきらぼうに言って去っていった。
「伯爵、サビーナ嬢はリゼット嬢のためにああしたんじゃよ。美しい友情じゃろう」
ポーラック卿がエテスポワール伯爵の肩に手を置いて、そっと遠くを指さした。その先にある光景を見て、伯爵は娘の行動の真意を知った。