第十三章 愛の成就へ 第二話
文字数 2,933文字
シモンはその男の風体をじろじろ眺めながら席に着いた。そして、嘘の密輸計画を語り、交易証文の偽装を依頼した。
「ところで、お前はこれまでにもこういう仕事はしたことがあるのか? こちらも商機がかかっているからな。お前の腕が不確かで、偽造だとばれて全てを失いたくない」
「俺をお疑いですかい? このあたりじゃあ偽造文書で俺の右に出る奴はいませんよ」
「だが随分若いじゃないか。経験が足りないんじゃないか?」
「舐めてもらっちゃ困りますぜ。俺は覚えていないくらい小さいころから、この路地で生きてるんだ。初仕事だっていつだったか覚えてないくらいでさぁ」
「ほう。では13年前にも仕事をしたか?」
シモンは踏み込んだ。後ろで立っていたノエルが身じろぎする気配がした。ちらっと見ると、表情はまったく動いていない。そのついでに酒場の店主を見るが、こちらに注意を払わず、怠惰に酒瓶や酒樽を移動させているだけだった。
「噂で聞いたが、13年前に都を揺るがす大事件があったそうじゃないか。ここのご領主、ソンルミエール家が関わっているとか。貴族様の謀略となれば、お前たちのような裏社会の人間が動いたはずだろう」
「13年前なんて、俺はまだ八歳のガキですぜ。流石にそんな大きな仕事はしてねぇよ」
「なんだ。ならば今回は辞めだ。実績のあるやつに頼みたい」
シモンはそっけなく席を立った。男は慌てて引き留めた。
「おい。約束が違うじゃねぇか。ここの親父を通して呼びつけといて、やっぱりなしってのはできない相談だぜ」
「選ぶ権利があるのはこっちだぞ」
「なら、お前の計画をお上に訴えてやるよ」
シモンは再び椅子に座って、顔を男に近づけて、ひそひそと語った。
「ならば、報酬はそっくりお前にやる。そのかわり13年前から仕事をしている同業者を紹介しろ。この仕事はそいつにやらせる。もちろん、仲介料をいくらか払ってやる。ここの親父には内緒でな」
こうして、シモンは13年前から存命の文書偽造者と繋がりを持つことができた。ただし、紹介されたその男を探ると、ソンルミエール家とは全くかかわりが無いようだった。
シモンは一回目と同じ要領で、その男に別の人間を紹介させた。
「他の酒場に行って訊ねた方が早いのではないですか?」
「いいや。ああいう奴らは他人が唾をつけた客に手を出さないという暗黙の了解があったりする。いくらこちらが雇い主と言っても、既に一か所で人を頼んだのに、別の場所に行ったらそもそも門前払いになるかもしれないし、紹介してもらえたとして後でややこしいもめごとが起きるかもしれない。そうすると、ソンルミエール家の手の者に俺たちの存在が察知される可能性がある。だから酒場を通すのは一か所にして、後は同業者同士で数珠つなぎにたどっていく方が安全で、しかも早い」
意図を説明すると、ノエルは感心しきってシモンを賞賛した。悪い気はしないが、褒められることが目的ではないので、そこは受け流しておく。
そして、二人目の男に会った。白髪と白いひげで顔全体が覆われているような老人だった。いかにもな見た目で、これはもしやと思ったが、この老人もソンルミエール家とは繋がりがないという。仕方なく、シモンはまた別の人間を紹介してもらった。
ここで、ひとまず状況を手紙書いて、リゼットたちに報告した。
「まだ三人目だが、裏社会で文書偽造を生業にしているような者が、そう多くいるわけがない。それで手掛かりがつかめないとなると、本当に口封じで殺されたか、老いて死んだか、どちらかだろうな」
「では望みは薄いかもしれませんね」
宿屋でノエルはシモンの肩を揉んでやっていた。シモンはそれを甘んじて受けながら、柱を睨んで次善の策を考えている。
「それにしても、シモン様が自らごろつきのたまり場へ出向いて地道に探し回るなんて、ちょっと前までは考えられませんでしたわね」
リゼットを妹に仕立てて皇太子妃にしようとしたり、そのためにノエルを都へやって貴族令嬢の観察をさせたり、これまでのシモンは常に人を動かしていた。リゼットと都へ行ってからも、もっぱら頭で狡賢い作戦を考えるだけで、自ら汗水たらして行動することはほとんどなかった。それが今回は自らここへ乗り込んだのだ。
「危険な者たちを相手にみごとに交渉なさるシモン様はとっても頼もしくて、でもちょっと一筋縄ではいかない危ない男って感じで素敵ですし、わたくしも四六時中一緒にいられて幸せですから、文句はないんですけれど」
と、勝手に照れながらまくしたてるノエルにシモンは冷たい一瞥をくれてから、一度思考を止めて、なんとなく残してきた妹の顔を思い浮かべた。
「ふん、今回はリゼット流のやり方を試してみただけだ。あいつは危険だのなんだのぶつくさ言っていたが、いつだって無駄に労力をかけて、無鉄砲に突っ走るのはあいつのほうじゃないか。最初に都へ来たときは徹夜でドレスを改造したし、あの妙ちくりんなラインダンスだって、泊まり込みで三日三晩徹夜で特訓していた。そういえば仮面も全員分作るために時間ギリギリまで作業していたっけか。
だが、ああいうがむしゃらなやり方が功を奏して皇太子妃の最終候補まで残ったんだ。それならわたしも同じようにしてみようと思っただけだ。あいつにできて私にできないことはないだろう。
それにここで皇太子とソフィに恩を売っておけば、未来の皇帝夫妻の覚えがめでたくなるんだからな。栄達を望むなら、この程度の苦労はわけない」
最後のほうは強がりだとノエルにはわかっていた。リゼットにシモンのどこがいいのか訊ねられたことがあるが、こういうところも可愛くてたまらないのだ。
「おい、にやにやするな。明日は四人目の男に会うんだからな。締まりのない顔をしていたらおいていくぞ」
「わかりました。明日はびしっとします」
ノエルは楽しげに笑い、シモンは不貞腐れてしかめっ面をしていた。
翌日、老人に連れられて、四人目の男に会うために小汚い路地裏の小さな酒場に向かった。酒場の入り口で、シモンは足を止め、顎をしゃくって斜めになっている看板を指した。
「見ろ。看板の右下の方に、小さいが星のような印がある」
「あ、これはソフィ様の言っていた、ソンルミエール家の手の者の証?」
「そうかもしれん、行くぞ」
手短に囁き合った二人は老人にやや遅れて店の中へ入る。店は閑散としていて、昼間から酒を煽っている赤ら顔の老人と、眠りこけている太った娼婦がいるだけだった。小男の店主は老人を見ると、黙って二階を指した。二階に上ると、三十代半ばくらいの男が座っていた。これまであった者たちと違い、こざっぱりとした身なりであった。
シモンはこれまでと同じように探りを入れた。すると男の口から有益な情報が飛び出した。
「俺は13年前の事件には関わりありませんが、俺の師匠はその時にいくつか文書を偽造したと言っていましたね」
「そうなのか。だとすれば、その弟子であるお前もそれなりの腕前だろうな。これなら安心して仕事を任せられる」
当たりだ、という喜びをぐっとこらえて、シモンは偽造文書の作成を依頼した。そして、三日後の真夜中12時に、路地の入口で受け渡しと取り決めた。
「ところで、お前はこれまでにもこういう仕事はしたことがあるのか? こちらも商機がかかっているからな。お前の腕が不確かで、偽造だとばれて全てを失いたくない」
「俺をお疑いですかい? このあたりじゃあ偽造文書で俺の右に出る奴はいませんよ」
「だが随分若いじゃないか。経験が足りないんじゃないか?」
「舐めてもらっちゃ困りますぜ。俺は覚えていないくらい小さいころから、この路地で生きてるんだ。初仕事だっていつだったか覚えてないくらいでさぁ」
「ほう。では13年前にも仕事をしたか?」
シモンは踏み込んだ。後ろで立っていたノエルが身じろぎする気配がした。ちらっと見ると、表情はまったく動いていない。そのついでに酒場の店主を見るが、こちらに注意を払わず、怠惰に酒瓶や酒樽を移動させているだけだった。
「噂で聞いたが、13年前に都を揺るがす大事件があったそうじゃないか。ここのご領主、ソンルミエール家が関わっているとか。貴族様の謀略となれば、お前たちのような裏社会の人間が動いたはずだろう」
「13年前なんて、俺はまだ八歳のガキですぜ。流石にそんな大きな仕事はしてねぇよ」
「なんだ。ならば今回は辞めだ。実績のあるやつに頼みたい」
シモンはそっけなく席を立った。男は慌てて引き留めた。
「おい。約束が違うじゃねぇか。ここの親父を通して呼びつけといて、やっぱりなしってのはできない相談だぜ」
「選ぶ権利があるのはこっちだぞ」
「なら、お前の計画をお上に訴えてやるよ」
シモンは再び椅子に座って、顔を男に近づけて、ひそひそと語った。
「ならば、報酬はそっくりお前にやる。そのかわり13年前から仕事をしている同業者を紹介しろ。この仕事はそいつにやらせる。もちろん、仲介料をいくらか払ってやる。ここの親父には内緒でな」
こうして、シモンは13年前から存命の文書偽造者と繋がりを持つことができた。ただし、紹介されたその男を探ると、ソンルミエール家とは全くかかわりが無いようだった。
シモンは一回目と同じ要領で、その男に別の人間を紹介させた。
「他の酒場に行って訊ねた方が早いのではないですか?」
「いいや。ああいう奴らは他人が唾をつけた客に手を出さないという暗黙の了解があったりする。いくらこちらが雇い主と言っても、既に一か所で人を頼んだのに、別の場所に行ったらそもそも門前払いになるかもしれないし、紹介してもらえたとして後でややこしいもめごとが起きるかもしれない。そうすると、ソンルミエール家の手の者に俺たちの存在が察知される可能性がある。だから酒場を通すのは一か所にして、後は同業者同士で数珠つなぎにたどっていく方が安全で、しかも早い」
意図を説明すると、ノエルは感心しきってシモンを賞賛した。悪い気はしないが、褒められることが目的ではないので、そこは受け流しておく。
そして、二人目の男に会った。白髪と白いひげで顔全体が覆われているような老人だった。いかにもな見た目で、これはもしやと思ったが、この老人もソンルミエール家とは繋がりがないという。仕方なく、シモンはまた別の人間を紹介してもらった。
ここで、ひとまず状況を手紙書いて、リゼットたちに報告した。
「まだ三人目だが、裏社会で文書偽造を生業にしているような者が、そう多くいるわけがない。それで手掛かりがつかめないとなると、本当に口封じで殺されたか、老いて死んだか、どちらかだろうな」
「では望みは薄いかもしれませんね」
宿屋でノエルはシモンの肩を揉んでやっていた。シモンはそれを甘んじて受けながら、柱を睨んで次善の策を考えている。
「それにしても、シモン様が自らごろつきのたまり場へ出向いて地道に探し回るなんて、ちょっと前までは考えられませんでしたわね」
リゼットを妹に仕立てて皇太子妃にしようとしたり、そのためにノエルを都へやって貴族令嬢の観察をさせたり、これまでのシモンは常に人を動かしていた。リゼットと都へ行ってからも、もっぱら頭で狡賢い作戦を考えるだけで、自ら汗水たらして行動することはほとんどなかった。それが今回は自らここへ乗り込んだのだ。
「危険な者たちを相手にみごとに交渉なさるシモン様はとっても頼もしくて、でもちょっと一筋縄ではいかない危ない男って感じで素敵ですし、わたくしも四六時中一緒にいられて幸せですから、文句はないんですけれど」
と、勝手に照れながらまくしたてるノエルにシモンは冷たい一瞥をくれてから、一度思考を止めて、なんとなく残してきた妹の顔を思い浮かべた。
「ふん、今回はリゼット流のやり方を試してみただけだ。あいつは危険だのなんだのぶつくさ言っていたが、いつだって無駄に労力をかけて、無鉄砲に突っ走るのはあいつのほうじゃないか。最初に都へ来たときは徹夜でドレスを改造したし、あの妙ちくりんなラインダンスだって、泊まり込みで三日三晩徹夜で特訓していた。そういえば仮面も全員分作るために時間ギリギリまで作業していたっけか。
だが、ああいうがむしゃらなやり方が功を奏して皇太子妃の最終候補まで残ったんだ。それならわたしも同じようにしてみようと思っただけだ。あいつにできて私にできないことはないだろう。
それにここで皇太子とソフィに恩を売っておけば、未来の皇帝夫妻の覚えがめでたくなるんだからな。栄達を望むなら、この程度の苦労はわけない」
最後のほうは強がりだとノエルにはわかっていた。リゼットにシモンのどこがいいのか訊ねられたことがあるが、こういうところも可愛くてたまらないのだ。
「おい、にやにやするな。明日は四人目の男に会うんだからな。締まりのない顔をしていたらおいていくぞ」
「わかりました。明日はびしっとします」
ノエルは楽しげに笑い、シモンは不貞腐れてしかめっ面をしていた。
翌日、老人に連れられて、四人目の男に会うために小汚い路地裏の小さな酒場に向かった。酒場の入り口で、シモンは足を止め、顎をしゃくって斜めになっている看板を指した。
「見ろ。看板の右下の方に、小さいが星のような印がある」
「あ、これはソフィ様の言っていた、ソンルミエール家の手の者の証?」
「そうかもしれん、行くぞ」
手短に囁き合った二人は老人にやや遅れて店の中へ入る。店は閑散としていて、昼間から酒を煽っている赤ら顔の老人と、眠りこけている太った娼婦がいるだけだった。小男の店主は老人を見ると、黙って二階を指した。二階に上ると、三十代半ばくらいの男が座っていた。これまであった者たちと違い、こざっぱりとした身なりであった。
シモンはこれまでと同じように探りを入れた。すると男の口から有益な情報が飛び出した。
「俺は13年前の事件には関わりありませんが、俺の師匠はその時にいくつか文書を偽造したと言っていましたね」
「そうなのか。だとすれば、その弟子であるお前もそれなりの腕前だろうな。これなら安心して仕事を任せられる」
当たりだ、という喜びをぐっとこらえて、シモンは偽造文書の作成を依頼した。そして、三日後の真夜中12時に、路地の入口で受け渡しと取り決めた。