第三章 皇太子妃候補たち 第三話
文字数 2,952文字
皇太子妃選びに参加する令嬢たちは、宮殿の中の鏡の間へ集まることになっている。馬車から降りたリゼットは、とりあえず周りの令嬢たちの後について歩き出した。
「ところで、皇太子妃選びの最初の審査って、一体何をすればいいの?」
隣を歩くシモンに訊ねる。
「参加者全員が皇后と、共に審査を担う貴族たちに名前と家柄を言って挨拶をする。それを書き留めて、家柄を審議して、明日までに次回の集まりの招待状が来れば、第一関門は合格だ」
「え、ただ名乗るだけってこと?」
「甘く考えるなよ。それこそ姿勢や声の出し方、お辞儀の仕方も見られるんだからな」
(でも、その他に何かするわけじゃないんだよね。歌舞校の一次試験と同じじゃない)
東大に匹敵すると言われる歌舞校の受験も、一次試験は面接のみである。歌舞校なのに歌とダンスの実技がないのは意外だと思われるかもしれないが、志願者が多すぎるので、そこでスタイルや顔、スター性を見て、先に人数を絞る目的があると思われる。
もちろん、その一次試験も、ただ自己紹介すればいいというわけではない。背筋を伸ばして、朗らかな笑顔で、大きな声ではっきりと、受験番号と出身地、氏名、身長を述べるのだ。傍から見ると、ゼッケン付きの黒いレオタードで、バキバキのお団子頭の少女たちが、次々とプロフィールを叫んでいるようで滑稽にも映るが、これが歌舞校受験生のスタイルで、受験のためのスクールでは、この言い方を指導されるくらいだ。もちろん、皇太子妃選びでは大声を出す必要はないだろうが。
「皇太子妃選びは秋までじっくり時間をかけて行われるから、最初にふるい落とされるのは、よっぽどの無作法か不器量かのどちらかだろう。だが、油断はするなよ」
そう釘をさすと、シモンは宮殿の正門へと続く庭の途中で立ち止った。
「俺はここまでだ。どのみち付き添いは会場には入れないからな。終わるまで馬車で待っている」
「ちょ、ちょっと、私一人で行くの? 迷うかもしれないじゃない」
「他の令嬢たちについていけば大丈夫だ。それに案内係もいるだろう。では、健闘を祈るぞ」
シモンはくるりと回れ右をしてすたすたと去って行ってしまった。突然一人にされて、リゼットは急に不安になってきた。しかし、立ち尽くしているわけにもゆかず、他の令嬢の後ろにくっついていく。
建物の入り口で、他の令嬢たちは付き添いの人間と別れるようだった。娘を送り出す父母や、妹尾を繰り出す兄と姉、その他付き添い者たちは、口々に励ましの言葉を贈っている。令嬢たちも頼もしく頷いて見せたり、緊張で心細くなり、離れるのを惜しんだりしている。
リゼットはその人だかりを遠巻きに見て、愕然とした。
(いや、これは、ちょっと……。みんな美しすぎじゃない?)
転生して初めて鏡を見た時、リゼットは自分自身の容姿が、まるで絵画から出てきたような可憐な美少女だと思った。だが今目の前に集まっている令嬢たちは、それ以上に整った容貌をしていて、さらに生まれながらの貴族ゆえの洗練された輝きがあった。流石は皇太子妃選びに名乗りを上げるだけある。彼女らとリゼットはまさに月と鼈 。これではただ名乗るだけでも負けてしまうのではないか。急激に自信が失われてゆく。
(そういえば、歌舞校受験の時も、会場の案内役の上級生とか他の受験生とかが、ものすごく輝いて見えて、わたしなんか受からないって思ってたな……)
過去に思いをはせていると、後ろから咳払いが聞こえた。
「申し訳ありませんが、見送りの方はお早く脇へ避けていただけませんかしら。ただでさえ人が多くて歩きづらいのに、ぼうっとなさっていられると、迷惑ですわ」
振り返ると、金髪巻き毛で、濃いピンク色に薔薇の地紋のドレスを着た令嬢がいた。肉付きの少ない顔で、ピンクの唇と、少し吊り上がった大きな目が印象的だ。どうやら気後れして立ち止まり、彼女の邪魔になっていたようだ。
「申し訳ございません。人が多くて、戸惑ってしまいましたわ。あの、あなたも皇太子妃選びに参加なさるの? よろしければ……」
「あら、お見送りの方ではなかったのですね! わたくしてっきりどなたかの付き添いかと。御覧になって、ここにはバラやチューリップやパンジーのように、華やかなご令嬢ばかりなのに、あなたは一人だけはちょっと、素朴なペンペン草のような風情なんですもの」
金髪の令嬢は口に手を添えてクスリと笑った。無駄な花の例えがあったが、結局馬鹿にされたのだ。
(やっぱり、このドレスはまずかったのかな? 髪型が変とか? いや、そうじゃなくて、私自身がパッとしないってことなのよね、きっと)
悔しい気持ちなど湧いてこなかった。確かに周りの美しい人々と比べたら、自分はペンペン草だ。
俯いていると、横から穏やかな男性の声が聞こえた。
「おやローズ嬢、お友達と随分話がはずんでいるようだね」
顔を上げると、栗色の巻き毛に、柔らかい茶色の瞳の美しい青年がいた。濃紺の衣服に身を包み、リゼットに優しく微笑みかけている。心なしか、周囲の人間の視線が、彼に集まっているように思えた。
「セブラン様、まぁ、今日はどうしてこちらへ?」
金髪の令嬢、ローズも少し頬を上気させているようだ。
「なぜって、今日は皇太子妃選びの初日だからね。遠縁の娘をエスコートしてきたんだよ」
と、ここでさらに別の令嬢が山吹色のスカートの裾を軽く持ち上げながら、ゆっくりとやってきて、セブランの腕に手を添えた。艶かかな黒い巻き毛に縁どられた丸い顔には、とろけるような甘い笑みが浮かんでいる。
「ローズ嬢は初めて会うのだったね。わたしの遠縁のリアーヌだよ」
「始めまして、最近都へ来たばかりですから、是非お友達になっていただきたいわ、ローズ様、それから……」
蜜が溶けるような笑顔が、リゼットの方へ向く。慌てて、しかし優雅に令嬢らしく自己紹介をした。
「ローズ嬢にこんなお友達がいたとは知らなかったよ」
「いいえ、今日初めて会いましたの」
「そうなのかい? かなり辛辣な冗談を言っていたから、気心の知れた友人だとばかり。でもそうでないのなら、ペンペン草なんていうのは、初対面のご令嬢に対して、あまりにも意地悪すぎるのではと思うがね」
ローズは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。それを見届けると、リアーヌに促されてセブランは去って行ってしまった。
「セブラン様、今日も素敵だわ」
「隣にいたのが、噂のリアーヌ様ね」
「セブラン様は中に入って行かれるわ。きっと皇太子様にお会いになるのよ」
周りからそんな囁きが聞こえる。
(あのセブランって人、超イケメンなだけじゃなくて、皇太子と繋がってるってこと? 友達かなにかなのかしら。それじゃあ、リアーヌはけっこう有利な立場なんじゃない? 友達が推薦するんだったら、皇太子も最初からいい印象を持つだろうし)
貴族や皇族についてはシモンから一通り講義を受けてはいたが、それだけで彼らがどのような立場にあるのかわからなかった。ローズに質問してみようかと思ったが、気が付いたときには、彼女の背中は門の中へ消えていた。
ここで立っていても仕方がない。ここまで来たからには、とにかく中へ入ろうと、気弱になる自分を叱咤して、いよいよ宮殿の中へ入る。ゆ
「ところで、皇太子妃選びの最初の審査って、一体何をすればいいの?」
隣を歩くシモンに訊ねる。
「参加者全員が皇后と、共に審査を担う貴族たちに名前と家柄を言って挨拶をする。それを書き留めて、家柄を審議して、明日までに次回の集まりの招待状が来れば、第一関門は合格だ」
「え、ただ名乗るだけってこと?」
「甘く考えるなよ。それこそ姿勢や声の出し方、お辞儀の仕方も見られるんだからな」
(でも、その他に何かするわけじゃないんだよね。歌舞校の一次試験と同じじゃない)
東大に匹敵すると言われる歌舞校の受験も、一次試験は面接のみである。歌舞校なのに歌とダンスの実技がないのは意外だと思われるかもしれないが、志願者が多すぎるので、そこでスタイルや顔、スター性を見て、先に人数を絞る目的があると思われる。
もちろん、その一次試験も、ただ自己紹介すればいいというわけではない。背筋を伸ばして、朗らかな笑顔で、大きな声ではっきりと、受験番号と出身地、氏名、身長を述べるのだ。傍から見ると、ゼッケン付きの黒いレオタードで、バキバキのお団子頭の少女たちが、次々とプロフィールを叫んでいるようで滑稽にも映るが、これが歌舞校受験生のスタイルで、受験のためのスクールでは、この言い方を指導されるくらいだ。もちろん、皇太子妃選びでは大声を出す必要はないだろうが。
「皇太子妃選びは秋までじっくり時間をかけて行われるから、最初にふるい落とされるのは、よっぽどの無作法か不器量かのどちらかだろう。だが、油断はするなよ」
そう釘をさすと、シモンは宮殿の正門へと続く庭の途中で立ち止った。
「俺はここまでだ。どのみち付き添いは会場には入れないからな。終わるまで馬車で待っている」
「ちょ、ちょっと、私一人で行くの? 迷うかもしれないじゃない」
「他の令嬢たちについていけば大丈夫だ。それに案内係もいるだろう。では、健闘を祈るぞ」
シモンはくるりと回れ右をしてすたすたと去って行ってしまった。突然一人にされて、リゼットは急に不安になってきた。しかし、立ち尽くしているわけにもゆかず、他の令嬢の後ろにくっついていく。
建物の入り口で、他の令嬢たちは付き添いの人間と別れるようだった。娘を送り出す父母や、妹尾を繰り出す兄と姉、その他付き添い者たちは、口々に励ましの言葉を贈っている。令嬢たちも頼もしく頷いて見せたり、緊張で心細くなり、離れるのを惜しんだりしている。
リゼットはその人だかりを遠巻きに見て、愕然とした。
(いや、これは、ちょっと……。みんな美しすぎじゃない?)
転生して初めて鏡を見た時、リゼットは自分自身の容姿が、まるで絵画から出てきたような可憐な美少女だと思った。だが今目の前に集まっている令嬢たちは、それ以上に整った容貌をしていて、さらに生まれながらの貴族ゆえの洗練された輝きがあった。流石は皇太子妃選びに名乗りを上げるだけある。彼女らとリゼットはまさに月と
(そういえば、歌舞校受験の時も、会場の案内役の上級生とか他の受験生とかが、ものすごく輝いて見えて、わたしなんか受からないって思ってたな……)
過去に思いをはせていると、後ろから咳払いが聞こえた。
「申し訳ありませんが、見送りの方はお早く脇へ避けていただけませんかしら。ただでさえ人が多くて歩きづらいのに、ぼうっとなさっていられると、迷惑ですわ」
振り返ると、金髪巻き毛で、濃いピンク色に薔薇の地紋のドレスを着た令嬢がいた。肉付きの少ない顔で、ピンクの唇と、少し吊り上がった大きな目が印象的だ。どうやら気後れして立ち止まり、彼女の邪魔になっていたようだ。
「申し訳ございません。人が多くて、戸惑ってしまいましたわ。あの、あなたも皇太子妃選びに参加なさるの? よろしければ……」
「あら、お見送りの方ではなかったのですね! わたくしてっきりどなたかの付き添いかと。御覧になって、ここにはバラやチューリップやパンジーのように、華やかなご令嬢ばかりなのに、あなたは一人だけはちょっと、素朴なペンペン草のような風情なんですもの」
金髪の令嬢は口に手を添えてクスリと笑った。無駄な花の例えがあったが、結局馬鹿にされたのだ。
(やっぱり、このドレスはまずかったのかな? 髪型が変とか? いや、そうじゃなくて、私自身がパッとしないってことなのよね、きっと)
悔しい気持ちなど湧いてこなかった。確かに周りの美しい人々と比べたら、自分はペンペン草だ。
俯いていると、横から穏やかな男性の声が聞こえた。
「おやローズ嬢、お友達と随分話がはずんでいるようだね」
顔を上げると、栗色の巻き毛に、柔らかい茶色の瞳の美しい青年がいた。濃紺の衣服に身を包み、リゼットに優しく微笑みかけている。心なしか、周囲の人間の視線が、彼に集まっているように思えた。
「セブラン様、まぁ、今日はどうしてこちらへ?」
金髪の令嬢、ローズも少し頬を上気させているようだ。
「なぜって、今日は皇太子妃選びの初日だからね。遠縁の娘をエスコートしてきたんだよ」
と、ここでさらに別の令嬢が山吹色のスカートの裾を軽く持ち上げながら、ゆっくりとやってきて、セブランの腕に手を添えた。艶かかな黒い巻き毛に縁どられた丸い顔には、とろけるような甘い笑みが浮かんでいる。
「ローズ嬢は初めて会うのだったね。わたしの遠縁のリアーヌだよ」
「始めまして、最近都へ来たばかりですから、是非お友達になっていただきたいわ、ローズ様、それから……」
蜜が溶けるような笑顔が、リゼットの方へ向く。慌てて、しかし優雅に令嬢らしく自己紹介をした。
「ローズ嬢にこんなお友達がいたとは知らなかったよ」
「いいえ、今日初めて会いましたの」
「そうなのかい? かなり辛辣な冗談を言っていたから、気心の知れた友人だとばかり。でもそうでないのなら、ペンペン草なんていうのは、初対面のご令嬢に対して、あまりにも意地悪すぎるのではと思うがね」
ローズは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。それを見届けると、リアーヌに促されてセブランは去って行ってしまった。
「セブラン様、今日も素敵だわ」
「隣にいたのが、噂のリアーヌ様ね」
「セブラン様は中に入って行かれるわ。きっと皇太子様にお会いになるのよ」
周りからそんな囁きが聞こえる。
(あのセブランって人、超イケメンなだけじゃなくて、皇太子と繋がってるってこと? 友達かなにかなのかしら。それじゃあ、リアーヌはけっこう有利な立場なんじゃない? 友達が推薦するんだったら、皇太子も最初からいい印象を持つだろうし)
貴族や皇族についてはシモンから一通り講義を受けてはいたが、それだけで彼らがどのような立場にあるのかわからなかった。ローズに質問してみようかと思ったが、気が付いたときには、彼女の背中は門の中へ消えていた。
ここで立っていても仕方がない。ここまで来たからには、とにかく中へ入ろうと、気弱になる自分を叱咤して、いよいよ宮殿の中へ入る。ゆ