第七章 芸術祭 第十話

文字数 2,975文字

 ラインダンス最後の決めポーズが終わると、サビーナのピアノはまたゆったりしたテンポになる。パメラが先に幕に引っ込み、再び登場し舞台の中央に立つ。それに合わせて、リゼットたちも一度退場する。

 パメラの手には、垂れさがった藤の花の造花に、白いリボンが付いたシャンシャンがあった。これはリゼットの指示ではなくカミーユが勝手に作った物だ。ありあわせの生地で作った衣装に統一感がなかったために、揃いの小道具を持つことで解決しようと考えたそうだ。仕立屋の美意識が起こした奇跡である。

「束の間 道に迷い 孤独の虚空彷徨うなら 闇に体を委ね 心で探そう ひとかけらの輝き 一筋の道をたどれば たどり着ける 再び 輝く 虹の世界へ

遥か時のかなた 紡ぎ続けた夢 果てなく広がり 世界は虹に染まる
七色の光絶やさず 歌い続け 踊り続け 新たな地平を目指し

ラディアント トレゾール 輝く夢を
ラディアント トレゾール あなたの心へ
ラディアント トレゾール 生きるよろこび
ラディアント トレゾール この世界中へ

眩い光に抱かれて今 新たな永遠へと歩き出そう」

 本来タカラガワと歌う部分をトレゾールに差し替えただけの歌詞。パメラが最初の一節を歌い上げると、シャンシャンを持ったリゼットたちも舞台に現れる。パメラは舞台の中央を前に進み出てお辞儀する。他の仲間も順番に歌いながら前に出てお辞儀。優雅なお辞儀は練習なしでできた。観客はまたシモンたちに先導されて手拍子をしてくれる。

 最後にリゼットが手を差し伸べて演奏しているサビーナを紹介し、自らもお辞儀をする。全員で横並びになり体を揺らしながらサビをもう一度繰り返して、最後に上手側、下手側、正面の三方にお辞儀をしてパフォーマンスを終えた。

 手拍子はそのまま大きな喝采に変わった。中にはスタンディングベーションする人もいた。彼らはこのパフォーマンスが一体何なのか理解してはいなかったが、それでも無性に楽しい気分になっていた。頭の中には、『ラディアント トレゾール』というフレーズがぐるぐると回っている。

 リゼットたちは顔を見合わせて安堵の笑みを浮かべた。もう一度皆で一礼して退場した。

 これで芸術祭の出し物は全て終わった。審査員たちは話し合って、最も優れた作品を選んだ。審査は随分難航しているようで、令嬢たちは楽屋でずいぶん待たされた。最初は恥ずかしがっていたというのに、みんなラインダンスの衣装を着たまま待機し、いよいよ優勝者の発表というときも、そのまま舞台に集合した。

「今年の芸術祭で最も優れた芸術は」

 審査員の一人が勿体つける。令嬢たちは緊張して名前が呼ばれるのを待った。

「リゼット・ド・レーブジャルダン嬢他六名による、トレゾール建国500年記念ラインダンスです」

 名前が呼ばれた瞬間、リゼットたちは小さな悲鳴を上げて、思わず抱き合って、ぴょんぴょん跳ねて手を合わせて喜んだ。会場は再び大きな拍手に包まれた。リゼットが客席に目をやると、ルシアンも両手を顔の高さに上げて、労うような拍手を送っていた。

 しかし喜びも束の間、皇后が憤然と立ち上がった。

「お待ちなさい。この結果に異議があります。リゼット嬢たちの踊りは優勝に相応しくありません。若い娘があんな短いスカートで足を出すなんて、公序良俗に反します」

 レビューショーは刺さる人には刺さるが、刺さらない人にはとことん刺さらない。

「ブランシュ嬢もリアーヌ嬢も、キトリィ王女まで、一体どうしてこんな破廉恥で馬鹿らしい踊りをしようと思ったのです」

 皇后に詰問されたので、ブランシュたちは自分たちの身に降りかかった災難について語った。

「偶然不幸に見舞われたにしては、できすぎているような」

「お疑いはもっともです母上、全ては偶然ではなかったのです」

 そこでルシアンが立ち上がった。何を言いだすのだろうと、令嬢たちも観客も皇太子に注目した。ルシアンはセブランに目で合図する。セブランは立ち上がって舞台上のリアーヌに語り掛けた。

「ローズ嬢が足を滑らせた階段だが、使用人の話だと、油絵に使う油が塗ってあったそうじゃないか。つまり君が母上の音楽の集まりがあるのを知って、メイドに命じて階段に油を塗ったということだろう。

 それからリアーヌの油絵を台無しにした猫は、ローズ嬢の飼い猫ではなかったかな。絵画に書かれた東洋の猫とそっくりの毛並みの猫を、買っていると以前言っていたね」

 リアーヌとローズはぎくりとして固まったが、互いに目が合うと睨み合った。

「どういうことですのリアーヌ様。仮面を真似したことへの仕返しですの?」

「ええ。でもあの猫はあなたがけしかけたのね」

「あれは楽器が壊れて腹が立ったから八つ当たりでやっただけですわ。でもまぁ、結果としていい仕返しになっていたということね」

 二人は取り繕うことを忘れて醜く言い争った。

「それから、カミーユの仕立屋付近のぼや騒ぎの時、エテスポワール伯爵の馬車が通りに入って行きました」

 ユーグに指摘されエテスポワール伯爵は客席でさっと顔を青くした。

「まさかリゼットの衣装と靴を壊したのはお父様なの?」

 サビーナが問い詰めると、伯爵は観念したように罪を認めた。

「信じられない。放火までするなんて。もし燃え広がっていたら、多くの人が危険に晒されていたのよ」

「お前が自分の演奏を放り出してリゼット嬢の伴奏をすると言うから、目を覚まさせようと思ったんだ。しかし火はつけていない。それは本当だ。機会をうかがっていたら、丁度ボヤ騒ぎが起きたから」

 するとパメラがリゼットの正面に立って思いっきり頭を下げた。

「ごめんなさいリゼット様。あのボヤ騒ぎは母の仕業だったのです」

「ちょっと、黙りなさい」

 パメラの母親が客席から怒鳴って娘を止めようとしたが、パメラは堰を切ったよう打ち明けた。

「一度宿に戻った時に、母と話して知ったのです。本当はもっと早くに打ち明けるべきでしたけれど、言い出せる状況ではなくて」

 サビーナも父の愚行を詫びて頭を下げた。

「こんな醜い争いがあったとは」

 皇帝は手を頭にやって嘆いた。審査員たちも芸術への冒涜だなんだと強く非難した。

 サビーナは舞台上で一歩前に出て皇帝に申し出た。

「皇帝陛下にお願いがございます。わたくしを次回の皇太子妃選びには呼ばないでくださいませ。父はわたくしを王太子妃にしようと躍起になってこのような愚かなことをしたのですから」

「そ、それを言うなら、リアーヌ嬢もローズ嬢も、同じように他人を陥れたのだから、失格にすべきではありませんか」

「矛先をこちらに向けても無駄でしてよ」

「伯爵のおっしゃる通り、二人も何らかの罰を受けるべきだと私も思います」

「なんてことをおっしゃるの。そもそもお兄様がわたくしをお見捨てになったから、自力で何とかしようとしたまでですのよ」

 当事者たちは言い争いを続けていたが、皇帝や周りの貴族たち、ルシアンも、今回卑怯な手を使った者を失格にすべきと思っているようだった。

 リゼットは何かに急かされたように言い争いを止め、こう言った。

「あの、確かにいろいろ問題はありましたけど、わたくしたちは手を携えて優勝できたのですし、今後はそういうずるいことはしないということで、それで終わりにしませんこと?」

 劇場は静寂に包まれた。
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登場人物紹介

リゼット・ド・レーブジャルダン

トレゾールの田舎クルベットノンの子爵令嬢。

前世は宝川歌劇団の娘役・夢園さゆり(本名は大原悦子)

シモン・ド・レーブジャルダン

リゼットの兄。子爵令息。

パメラ・ド・タンセラン

皇太子妃候補の男爵令嬢。

ブランシュ・ド・ポーラック

皇太子妃候補の公爵令嬢。

サビーナ・ド・エテスポワール

皇太子妃候補の伯爵令嬢。

ローズ・ド・エタミーヌ

皇太子妃候補の伯爵令嬢。

リアーヌ・ド・ブリュム

皇太子妃候補の伯爵令嬢。セブランの遠縁の親戚。

メリザンド・ド・ソンルミエール

皇太子妃候補の公爵令嬢。皇太子の幼馴染。

ルシアン・ド・グリシーヌ

皇太子。

セブラン・ド・メールヴァン

公爵令息。皇太子ルシアンの親友。リアーヌの遠縁の親戚。

ユーグ

皇太子つきの侍従。

キトリィ・ド・グリュザンデム

皇太子妃候補。リヴェールの第五王女。

アンリエット・ド・リュンヌ

キトリィの教育係の侯爵夫人。婚前はトレゾールの貴族令嬢だった。

ノエル

リゼットの侍女。

カミーユ

ノエルの兄。仕立屋。

皇帝

トレゾールの現皇帝。ルシアンの父。

皇后

トレゾールの現皇后。ルシアンの母。

ポーラック卿

ブランシュの祖父。

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