第四章 思わぬライバル 第三話
文字数 2,994文字
ブランシュはよく喋った。よくそれだけ話題にすることがあるというくらい、次々と話題を提示して、いつの間にか昼時になってしまった。
あらかじめ決まっていたのだろう。メイドたちが昼食を運んできた。これまた美しい絵付けのされた白い陶器の皿に乗っているのは、サンドイッチだった。
「最近都の令嬢たちの間では、サンドイッチを食べるのが流行っておりますのよ。ただのサンドイッチではなくて、四角く焼いたパンを薄く切って、そこに具材を挟むのですわ。特に新鮮な卵のサンドイッチが、皆さん大好きでしてよ」
レーブジャルダン家で食べたパンは、丸くて表面の硬いタイプのパンだった。都へ来てからも、カミーユの家で食べるパンは同じようなものか、いわゆるフランスパンのようなものだった。この流行のサンドイッチというのは、前世で見慣れた食パンを使ったものとよく似ていた。
きっと四角い食パンを焼く技術が開発されていない、もしくは普及していないのだろう。コックにわざわざ四角いパンを焼かせたのだとブランシュは言っていた。
何はともあれ、リゼットにとっては前世で食べ慣れた料理。思わず手が伸びて、卵サンドと、キュウリサンドと、チキンサンドを平らげてしまった。
「やだ、食べすぎましたわ」
「あら、たった三切れで? 遠慮なさらず、もっとございますわよ」
目下現役時代と同じ体重管理をしているので、いつも昼食は食べていない。そのことを話すと、三人とも目を丸くして驚いた。
「どうりで、リゼット様はほっそりしていて美しいのね。体が軽いからダンスの身のこなしも洗練されているんですわ。その輝きは、そういう努力の賜物なのね」
「か、輝き? わたくしに?」
都の令嬢から見たら、ペンペン草のはずなのに。
「ええ。最初の審査の時から、何とはなしに目を引く方がいる、どこのお嬢様でしょうって、社交界の方々の噂になっていたと、お母様が言っていましたわ。
夜会でお目にかかって、ああ、この方が噂の人ねって思ったんですけれど、なにせあんな事件が起きたので、それどころではなくて。でも今日またお会いして、やっぱり普通の人とは違う、素敵な雰囲気があるって思いましたわ。
そうそう。夜会の時のドレス、とっても素敵でしたわ。流行から外れてはいないけれど、どこか新しい感じがして。それにネックレスも髪飾りもとっても綺麗でした。ねぇ、一体どこでお買い求めになりましたの?」
古いドレスをリメイクしました、などとても言えない。貴族の令嬢が針仕事するというだけで、カミーユは大層驚いていた。ましてブランシュはこんなお金持ちの大貴族だ。もしかした軽蔑されるかもしれない。
「えっと、私のメイドの兄が、仕立屋をしておりまして、ドレスもアクセサリーもそこで作らせたのですわ。兄妹を会せてあげようと思って、今はその店に逗留しているんですけれど」
「全て新調しましたの? こういうことを言ってはなんですけど、お高くついたのではなくて? アクセサリーだって、真珠や宝石の値段はどこでも同じでしょう?」
サビーナに突っ込まれてしまった。
「前々から温めていた新しいデザインだったそうで、いわば実験台になったんですわ。だから特別価格でしたの。アクセサリーは、その、私の手持ちの物をもとにして、アレンジしてもらったんです。あ、今日のネックレスも、ブレスレットをアレンジしたんですの」
ちょっと首を触ってみせると、テーブルの向こうからブランシュが身を乗り出してきた。
「素晴らしいですわ。ねぇ、わたくしもその仕立屋にアクセサリーのアレンジをお願いしてもよろしいかしら?」
あまりの食いつきっぷだったので、思わず了承してしまった。ブランシュは大喜びして、四人を自分の居室へ導いて、立派な布張りの宝石箱を開けた。中は燦然と輝く高価そうなアクセサリーで埋め尽くされていた。その中から、オパールとペリドット、サファイヤを埋め込んだ金細工の小さな花が連なったブレスレットを取り出した。長さが妙に短い。
「これは亡くなったおばあ様が、8歳の誕生日にくださったんですわ。とても気に入っていたんですけど、もうきつくてつけられませんの。これをネックレスにできないかしら」
子供にプレゼントするには高価すぎる。流石大貴族だ。リゼットは絹のハンカチに包んで花柄の巾着袋に入れられたそれを、壊さないように慎重に受け取った。
「おや、お友達が来ていたのかね」
サンルームに戻ろうと廊下に出ると、小さな老人がブランシュに声をかけた。髭も髪も真っ白で、目じりは垂れて深くしわが刻まれていたが、刺繍のされた高価そうな水色のコートを着ているところを見ると、使用人の類ではないようだった。
「おじい様。こちら新しいお友達のリゼット様とパメラ様よ。聞いてくださいな。リゼット様御用達の仕立屋で、おばあ様のブレスレットを直してもらうの」
「おお、そうなのか。良かったなぁ。リゼット嬢、この前の夜会の事は孫娘から聞いておる。孫と孫の親友を救ってくれたとか。わしからも礼を言う。ブランシュに素敵な友が増えて嬉しい限りだ。今日はゆっくりしていっておくれ」
ブランシュの祖父、ポーラック卿はリゼットの手を握って懇ろに娘をよろしくと頼んだ。
「そうだわ。私たちもうお友達ですから、お互いに呼び捨てにいたしましょう」
などと言って去ってゆく孫娘たちを満足そうに見送って、ポーラック卿は温室に植えているオレンジの木の世話でもしようと一階に降りた。すると、丁度息子のポーラック公爵が、法務院から戻ってきたところだった。
「ああ、父上。私はこれからすぐ王宮へ向かいます。例の皇太子妃選びの審査がありますので」
忙しい息子を労い見送りかけたポーラック卿は、ふと気になることがあって呼び止めた。
「今回の審査でも、脱落者がいるのだろうが、リゼット嬢はどうなるかね」
「ブランシュ以外のことを聞いてくるなんて珍しいですな。どうでしょう。ただ皇后様はあの娘が酔っぱらって倒れてる姿を見て、見苦しいとお感じになった様子でした。残れないかもしれませんな」
「残れないだと。夜会での顛末はお前も聞かされただろう。あの娘はサビーナを庇ったのだよ。酔っぱらったのは演技だったのだし。それで脱落とは、あんまりではないか」
「ブランシュの話は聞きましたが、芝居だったとしても、皇后様は信じていますからな。今更顛末を語ったところで、もう一度サビーナ嬢に疑いが向くだけですし」
すると、ポーラック卿はぷんぷん怒りだした。
「なんだと。無実の人間を救わんと汚れ役を買って出た正義の精神の持ち主を脱落させるとは。お前はそれでも公明正大な法務大臣か」
「そうは言いましても。大体、公明正大を求めるなら、尚更全て皇帝陛下にお話しするべきです」
「リゼット嬢は今、屋敷に来ておる。妻がブランシュに贈ったブレスレットをアレンジしてくれるというし、いい娘ではないか。何とかならんか。ブランシュも友達が脱落したら悲しむだろう」
今度は泣き落としときた。
「わかりましたよ。ちょっと取りなしておきます」
ポーラック公爵は父の孫可愛さの我儘にうんざりしたが、こうなったらこちらが聞き入れないと駄々をこねるとわかっているので、リゼットに便宜を図ると約束して王宮へ向かった。
そのおかげだろうか。二日後、リゼットに昼食会の招待状が届いた。
あらかじめ決まっていたのだろう。メイドたちが昼食を運んできた。これまた美しい絵付けのされた白い陶器の皿に乗っているのは、サンドイッチだった。
「最近都の令嬢たちの間では、サンドイッチを食べるのが流行っておりますのよ。ただのサンドイッチではなくて、四角く焼いたパンを薄く切って、そこに具材を挟むのですわ。特に新鮮な卵のサンドイッチが、皆さん大好きでしてよ」
レーブジャルダン家で食べたパンは、丸くて表面の硬いタイプのパンだった。都へ来てからも、カミーユの家で食べるパンは同じようなものか、いわゆるフランスパンのようなものだった。この流行のサンドイッチというのは、前世で見慣れた食パンを使ったものとよく似ていた。
きっと四角い食パンを焼く技術が開発されていない、もしくは普及していないのだろう。コックにわざわざ四角いパンを焼かせたのだとブランシュは言っていた。
何はともあれ、リゼットにとっては前世で食べ慣れた料理。思わず手が伸びて、卵サンドと、キュウリサンドと、チキンサンドを平らげてしまった。
「やだ、食べすぎましたわ」
「あら、たった三切れで? 遠慮なさらず、もっとございますわよ」
目下現役時代と同じ体重管理をしているので、いつも昼食は食べていない。そのことを話すと、三人とも目を丸くして驚いた。
「どうりで、リゼット様はほっそりしていて美しいのね。体が軽いからダンスの身のこなしも洗練されているんですわ。その輝きは、そういう努力の賜物なのね」
「か、輝き? わたくしに?」
都の令嬢から見たら、ペンペン草のはずなのに。
「ええ。最初の審査の時から、何とはなしに目を引く方がいる、どこのお嬢様でしょうって、社交界の方々の噂になっていたと、お母様が言っていましたわ。
夜会でお目にかかって、ああ、この方が噂の人ねって思ったんですけれど、なにせあんな事件が起きたので、それどころではなくて。でも今日またお会いして、やっぱり普通の人とは違う、素敵な雰囲気があるって思いましたわ。
そうそう。夜会の時のドレス、とっても素敵でしたわ。流行から外れてはいないけれど、どこか新しい感じがして。それにネックレスも髪飾りもとっても綺麗でした。ねぇ、一体どこでお買い求めになりましたの?」
古いドレスをリメイクしました、などとても言えない。貴族の令嬢が針仕事するというだけで、カミーユは大層驚いていた。ましてブランシュはこんなお金持ちの大貴族だ。もしかした軽蔑されるかもしれない。
「えっと、私のメイドの兄が、仕立屋をしておりまして、ドレスもアクセサリーもそこで作らせたのですわ。兄妹を会せてあげようと思って、今はその店に逗留しているんですけれど」
「全て新調しましたの? こういうことを言ってはなんですけど、お高くついたのではなくて? アクセサリーだって、真珠や宝石の値段はどこでも同じでしょう?」
サビーナに突っ込まれてしまった。
「前々から温めていた新しいデザインだったそうで、いわば実験台になったんですわ。だから特別価格でしたの。アクセサリーは、その、私の手持ちの物をもとにして、アレンジしてもらったんです。あ、今日のネックレスも、ブレスレットをアレンジしたんですの」
ちょっと首を触ってみせると、テーブルの向こうからブランシュが身を乗り出してきた。
「素晴らしいですわ。ねぇ、わたくしもその仕立屋にアクセサリーのアレンジをお願いしてもよろしいかしら?」
あまりの食いつきっぷだったので、思わず了承してしまった。ブランシュは大喜びして、四人を自分の居室へ導いて、立派な布張りの宝石箱を開けた。中は燦然と輝く高価そうなアクセサリーで埋め尽くされていた。その中から、オパールとペリドット、サファイヤを埋め込んだ金細工の小さな花が連なったブレスレットを取り出した。長さが妙に短い。
「これは亡くなったおばあ様が、8歳の誕生日にくださったんですわ。とても気に入っていたんですけど、もうきつくてつけられませんの。これをネックレスにできないかしら」
子供にプレゼントするには高価すぎる。流石大貴族だ。リゼットは絹のハンカチに包んで花柄の巾着袋に入れられたそれを、壊さないように慎重に受け取った。
「おや、お友達が来ていたのかね」
サンルームに戻ろうと廊下に出ると、小さな老人がブランシュに声をかけた。髭も髪も真っ白で、目じりは垂れて深くしわが刻まれていたが、刺繍のされた高価そうな水色のコートを着ているところを見ると、使用人の類ではないようだった。
「おじい様。こちら新しいお友達のリゼット様とパメラ様よ。聞いてくださいな。リゼット様御用達の仕立屋で、おばあ様のブレスレットを直してもらうの」
「おお、そうなのか。良かったなぁ。リゼット嬢、この前の夜会の事は孫娘から聞いておる。孫と孫の親友を救ってくれたとか。わしからも礼を言う。ブランシュに素敵な友が増えて嬉しい限りだ。今日はゆっくりしていっておくれ」
ブランシュの祖父、ポーラック卿はリゼットの手を握って懇ろに娘をよろしくと頼んだ。
「そうだわ。私たちもうお友達ですから、お互いに呼び捨てにいたしましょう」
などと言って去ってゆく孫娘たちを満足そうに見送って、ポーラック卿は温室に植えているオレンジの木の世話でもしようと一階に降りた。すると、丁度息子のポーラック公爵が、法務院から戻ってきたところだった。
「ああ、父上。私はこれからすぐ王宮へ向かいます。例の皇太子妃選びの審査がありますので」
忙しい息子を労い見送りかけたポーラック卿は、ふと気になることがあって呼び止めた。
「今回の審査でも、脱落者がいるのだろうが、リゼット嬢はどうなるかね」
「ブランシュ以外のことを聞いてくるなんて珍しいですな。どうでしょう。ただ皇后様はあの娘が酔っぱらって倒れてる姿を見て、見苦しいとお感じになった様子でした。残れないかもしれませんな」
「残れないだと。夜会での顛末はお前も聞かされただろう。あの娘はサビーナを庇ったのだよ。酔っぱらったのは演技だったのだし。それで脱落とは、あんまりではないか」
「ブランシュの話は聞きましたが、芝居だったとしても、皇后様は信じていますからな。今更顛末を語ったところで、もう一度サビーナ嬢に疑いが向くだけですし」
すると、ポーラック卿はぷんぷん怒りだした。
「なんだと。無実の人間を救わんと汚れ役を買って出た正義の精神の持ち主を脱落させるとは。お前はそれでも公明正大な法務大臣か」
「そうは言いましても。大体、公明正大を求めるなら、尚更全て皇帝陛下にお話しするべきです」
「リゼット嬢は今、屋敷に来ておる。妻がブランシュに贈ったブレスレットをアレンジしてくれるというし、いい娘ではないか。何とかならんか。ブランシュも友達が脱落したら悲しむだろう」
今度は泣き落としときた。
「わかりましたよ。ちょっと取りなしておきます」
ポーラック公爵は父の孫可愛さの我儘にうんざりしたが、こうなったらこちらが聞き入れないと駄々をこねるとわかっているので、リゼットに便宜を図ると約束して王宮へ向かった。
そのおかげだろうか。二日後、リゼットに昼食会の招待状が届いた。