第11章 – 2月某日

文字数 1,114文字

 2月某日



 いた……やっぱり、ここに彼はいた。

 かなりスマートになって、髪型も以前とは全然違う。

 でも、見間違いようのない彼の顔だ。

 前から歩いてくる彼を見つけて、わたしはそのまま立ち尽くす。

 彼の驚く顔を想像しながら、ドキドキしながら立っていた。

 何を言われても、

 どんなに罵倒されたとしても、

 わたしはただただ謝るつもりだった。

 わたしが悪い。

 わたしは彼を裏切った。

 いくらその前後に彼の大きな失点があったとしても、

 きっとわたしの点数がプラスに転じることはない。

 このままだと永遠にマイナスであり続けることになる。

 だから彼に許してもらうことで、

 まずは少なくとも、マイナスをゼロにまでは戻しておきたかった。

 だけど彼は、わたしの前を平然と通り過ぎる。

 分からなかった? 

 気がつかなかったってこと? 

 あり得ない……それは絶対にあり得なかった。

 ほんの一瞬だったけど、

 彼は絶対……わたしの方に目を向けていたんだから……。


                *


 佐和子は武彦を二度目の施設へと送り出したあとすぐ、

 順一を探し出そうと決心していた。

 これまでの自分の姿が、まるで武彦と同じように感じて、

 佐和子はいても立ってもいられなくなっていた。

 武彦は最後まで、佐和子が感じたような苦悩を知らぬまま、

 妻である和子を失った。

 失って初めて、失くしたものの大きさを絶対的に知ったのだ。

 万が一意識していなかったとしても、

 結果、そのせいでおかしくなったも同然に思えた。

 ――わたしは、そうはなりたくない。

 たとえ、おかしくはならないにしても、

 一生後悔を胸に生きていくのは御免だった。

 生きていさえすれば、やり直すことは絶対にできる。

 子供たちも離れていき、たったひとりになった佐和子は、

 さらに強くそう思うようになっていた。

 しかしいざ、順一を探し出そうにも、

 なんの手掛かりも持ち合わせてはいない。

 だから佐和子は縋るような思いを胸に、4人で住んでいた家へと向かう。

 そしてただひたすら2日間、家の隅々まで掃除していったのだ。

 住人のいなくなってしまった家を慰めるかのように、

 彼女は風呂場のタイル1枚1枚まで丁寧に磨き上げていった。

 すると家中のあちこちに、

 家族だった頃の欠片が転がり落ちているのを見つける。

 それは武の付けた床の傷や、

 唯が忘れていったへそくりだったりするのだ。

 けれど佐和子が一番心震えたのは、

 順一が書斎代わりに使っていた部屋に、

 ずっと眠っていたものたちだった。

 彼は月に一、二度だけの休みの日に、

 よくその部屋で何かをしていたらしい。

 そんなことさえも、佐和子は武から聞いて初めて知った。
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