第11章 – 真実

文字数 685文字

 真 実


 
 ――あの頃のあなたにとって、それはいったい……。

 もうそこまでが限界だった。

 日記帳半分くらいのところで、順一はそれ以上読み進めなくなった。

「飯島さん……コーヒー、お嫌いなんですか?」

 きっと彼女は驚いてそう尋ねていたのだ。

 今から思えば、その声には突き刺すような響きもあった。

 彼女は昔からコーヒー党で、1日に何杯だって飲んでいた。

 だから彼は、毎朝出される煎れ立てのコーヒーを、

 なんとか好きになろうと努力していたのだった。

 ――すべてを忘れ去った僕は、彼女にそんな事実を平然と伝えた。

 ――でも、どうして彼女が……。

「こんなところに……どうしてだ……佐和子……」

 順一は日も暮れた誰もいないホームで、

 ひとりそんな疑問の言葉を呟いていたのである。


                *


 わたしは彼のことを、本当は何も知らなかった。

 付き合っていた頃はそれでも、

 全てを分かっているような気になれてたのに……

 結婚してどんどん、そんなことの多くが勘違いだったって気づき始める。

 だけどそれだけだった。

 じゃあ本当はどういう人かなんて、もうどうでもよくなってしまっていた。

 ずっと長い間、彼が何を考え、どう感じているかなんて、

 わたしはまるで知ろうともしなかった。

 昔からコーヒーが嫌い? 

 ……あの人は一度だって、そんなことわたしに言ったことないわ。

 どうして? わたしが言わせなかったの? 

 小さい頃からずっと苦手だったって、

 そんな些細なことさえ言えなかったなんて、

 それはどんなことが理由だったからなの? 

 あの頃のあなたにとって、それはいったい……?
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