第5章 – 崩壊(8)

文字数 798文字

 崩壊(8)



 ご自宅からお電話が入っております〉

 まさにこれから、会議が始まろうという時、

 順一の手元にそんなメモが差し出された。

 こんな時、もちろん以前の順一であれば、

 あとで掛け直すからと返すに決まっていた。

 しかし席には着いてみたものの、

 やはりそこは、もう順一のいる場所ではなかったのである。

 ――どうしておまえが、会議に出てくるんだ? 

 部屋に入った途端、彼はそんな露骨な視線を浴びていた。

 しかしそんなのを無視して、これまで通りの席へと腰掛けた。

 やがて、一番感じるであろう男が、最後に会議室へと現れるのだ。

 彼は扉を開けて順一の姿に気づくと、

 おもむろに取締役たちへと怒りの目を向ける。

 正式には、まだ役職はそのままだった。

 だから本来であれば、

 この会議には出席する義務さえ存在するはずなのだ。 

 しかし社長の態度がすべてであった。

「すぐ行きます……」

 そう小声で秘書に告げ、順一は何も言わずに席を立った。

 そして社長が着席する姿を見ることなく、

 その会議室をあとにした。

 そして隣接する小会議室で、聞いていた内線番号を押し、
 受話器を手にする。

 すると受話器が外れたことを知った相手が、

 いきなり突き刺すような声を響かせた。

「さっき警察から電話があったのよ! わたしに迎えに来いなんて言ってたけ
 ど、冗談じゃないわ。もう、恥ずかしい! あなた! 今からすぐに行って
 きてください! 」

 初めはなんのことだか分からなかった。
 
 とにかくその声が、興奮する佐和子のものであることだけはすぐにわかる。
 
 しかし何度かの問いかけによって、
 
 やっと佐和子の興奮の理由が理解できたのである。

「父に知られたら、いったいなんと言えばいいの!?

 きっとそんなことが一番、妻の気になっているところなのだ。

 そしてそんな言葉を聞いたせいか、

 順一は不思議なくらい、冷静でいることができたのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み