第4章 – 現れた女(5)

文字数 1,022文字

 現れた女(5)



「ずいぶん久しぶりじゃないっすか……いったいどうしたんです? こんなと
 ころまで、わざわざ訪ねてくるなんて……」

 少しだけ太ったように見える前田が、

 突然の飯島の来訪に素直な驚きを見せていた。

「まあ上がってください。あいつは今、病院に行っていて留守なんだ……で
 も、お茶くらいなら俺だっていれられるから……」

 そう言って、玄関口からさっさと中へと入ってしまう。

 最近前田は飯島に向かって、

 ずいぶんと丁寧な言い回しを挟むようになっていた。

 もともと飯島の方が年上であることは、充分分かっていたはずなのだ。
 
 どうひいき目に見ても、43歳の前田より若いわけはない。

 やはり、スナックでの飯島の実績が、

 前田のそんな変化を呼び込んでもいたのだろう。

「ねえ! 遠慮なんかいらないから入ってくださいよお!」

 玄関先で躊躇していた飯島に向かって、

 前田が少しだけ大きな声を出すのであった。
 
 そして飯島が、玄関からすぐのリビングに顔を出すと、

「今日、確か店定休日でしょ? ……だったらお茶じゃなくて、ビールだって
 いいってわけだ......」

 と、前田は言って、人懐っこい笑顔を見せる。

 まだ暗くなるには時間があったが、

 飯島は出されたビールに遠慮なく口をつけた。

 一方、前田はあっという間にビールを飲み干し、続いて焼酎を飲み始める。

 次第に赤ら顔になっていく前田に向かって、

 飯島はやっと、佐久間薫から頼まれた話を切り出すのであった。

「そりゃ構わんさ、しかしどうせまた……すぐに見つかっちまうんじゃないの
 な?」

「いや、店の固定電話から掛けたのがいけなかったらしいんで、今度からは非
 通知で掛けられるように、店で携帯電話を契約して、それを彼女に使わせよ
 うと思ってますから……」

「それにしてもその亭主、なんでそんなプロまで雇って探すんだろうなあ? 
 女房の実家まで行って、息子の携帯電話調べて、着信番号から居場所を割り
 出すまではいいとしてさ、ピンポイントでずっと待ち伏せさせるなんざ、そ
 らあ金かかるだろうに……」

「亭主の実家が金持ってるらしいんですよ。で、手当たり次第に不動産屋当た
 って、この女性、部屋借りに来てませんかって聞きまくったんでしょう」

「じゃああれか、あの不動産屋が喋ったってことか?」

 前田の視線が飯島から外れ、何もないはずの空間を見つめる。

 そして、

「くそ! あの野郎」と、

 声のない台詞を唇だけで呟くのであった。
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