第5章 – 崩壊(6)

文字数 1,099文字

 崩壊(6)



 ――下着泥棒だ!

「真! 来た!」

 思わず叫んだ友紀の声に、真二の動きは素早かった。

 あっという間に蒲団から抜け出し、

 上半身素っ裸のままベランダへと飛び出した。

 きっと近所からクレームが来るだろう……

 物凄い物音に、もしかしたら何事かと表に出てくるかも知れない。

 そんな迫力の格闘シーンを、友紀は想像していたのだ。

 しかし一向に物音は聞こえて来ず、

 ――まさか……ナイフで刺されちゃったとか!? 

 そんなことを思い浮かべてやっと、

 彼女は蒲団から抜け出し、立ち上がるのだった。

「真! 大丈夫?」

 か細い友紀のその声に、真二の返事は意外にも冷静だ。

「警察……警察呼んで……」

「え? 犯人捕まえたの?」

「ここにいる……」

「ここって……ベランダに犯人いるの? 真ちゃん大丈夫?」

 真っ暗な部屋からベランダを見ると、

 長身の真二の足元に黒い人影が薄ら見える。

「泣いてやがるんだこいつ……泣くくらいなら、下着泥棒なんてすんじゃねえ
 って!」

 真二はそう言って、座り込む男の頭を軽く小突いた。

 真二がベランダへ飛び込んだ瞬間、男はその場で硬直していた。
 
 そのまま殴りかかろうとする彼に向け、

 手にしていた下着を慌てて差し出したのだ。

 誰もいないと思っていた部屋から、いきなり真二が飛び出してきた。

 それだけで、一気に戦意を喪失してしまったのだろう。

 それから警察が来るまでの間、男はずっとメソメソと泣き続けていた。

 そうしていよいよ、パトカーへ押し込まれる段になって初めて、

 彼は声を上げて叫ぶのだった。

「お願い! 家には連絡しないで!」

 そうなってやっと、フードに包まれていた男の顔が露わになり、

 その年齢がかなり若いものだと友紀にも知れる。

 本当に幼い顔つきだった。

 丸々と太っているその体躯も、思っていたほど大きいものではないのだ。

 まだ高校生にもなっていないのかも知れない。

 未成年であれば、
 家への連絡をしないわけにはいかない。

 そんな説明を車の中で受けた途端、少年と呼ばれるべき彼は、

 頭を抱え、ぶるぶると震え出すのであった。

 少年には、高校生になる美しい姉がいた。

 今まさにこの姉弟に、

 なんとも皮肉な偶然が起きようとしていたのである。

 弟にはたった今、この瞬間、ある種の終焉が訪れたのだ。

 それは平凡な中学生であることの終わりであり、

 止めようとしても止められなかった、

 下着泥棒そのものへの決別でもあった。

 そしてそんな弟の状況など知りもせず、

 その姉はまだこの瞬間は、その時を思う存分楽しんでいたのだ。

 しかしその美しい少女にも、

 弟同様、終焉の時が近づきつつあるのだった。
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