第4章 – 現れた女(10)

文字数 818文字

 現れた女(10)
 


 この夜、由香がスナックへとやってきたのは、

 もちろん飯島の検査結果が気になったからだった。
 
 けれどそれに加えてもうひとつ、

 どうしても、店に顔を出さねばならない理由があったのだ。

 ところが飯島は、由香から説明されるまで、

 完全にそのことを忘れ去っていた。
 
 彼は昨夜、酒に酔った勢いのまま、

 由香に一世一代とも言うべき、大芝居を頼み込んでいたのである。

「え? わたしがスナックのホステスになるんですか? 」

 由香が目を丸くして驚いていた。

 だが酔いの進んだ飯島と前田に、そんなことなど目に入らない。

「そうなんだ。でさあ、僕が合図したら、由香ちゃんにそれらしいことを言っ
 て欲しいんだ、そいつに聞こえるように、ここにはさ、わたししかいないん
 だって……」

「でもさ! いつもの格好じゃ〜だめなんだなあ、エッチな感じがないと、嘘
 だってばれちまうぜ?」

 二人して、そんなことを、しっかり由香へと言葉にしていた。

「それを頼みたくて、こんな時間に、わたしをここに呼んだんですか!?」

「違うよ! 違います! 由香ちゃんに会いたくて呼んだんです!」

 こんな調子のいい助け舟を放つ前田の横で、

 飯島も同様に頷いていたのだ。 

 弁当屋の閉店間際に由香を呼びつけたのは、

 飯島ではなく前田の方であった。

 しかし、そこそこに酔っていた美穂子も反対などせず、

 結局、飯島は薫を助ける協力まで頼んでしまう。

「さ、じゃあお願いされた通り、長年のベテランさんになり切りましょうか
 ね……」
 
 由香はそう言って、ぎこちない笑顔を作り、

 事務所兼更衣室へと足早に消えた。

 そして数分後、事務所から出てきた彼女は、

 飯島が想像もしていなかったセクシーなワンピースに身を包んでいる。

「どう? わたしだって、こんなの何着かは持ってるんだから……」

 そう言って笑う由香の胸元は、記憶にもある胸の谷間を、

 これでもかというくらいに見せつけているのであった。
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