第7章 – 土砂降り 〜 2010年 3月末(2)

文字数 847文字

2010年 3月末(2)
 


 ロックさえ外せば、軽い力で開くはずのドアが、何かに塞がれたように動かない。

 順一はゆっくりと力を込めながら、取っ手を少しずつ押していった。

 すると30センチほど開いたところで、ドアの向こうで何かが倒れ込んだ。

 順一は開いた隙間から顔を出し、恐る恐る表を覗き見る。

 そうして目に入ってきたものとは、

 微塵も予想していなかった愕然の姿だ。

 それは......この寒空の中、コートも羽織らずにいる制服姿の唯だった。
 
 しかも全身泥だらけで、順一が呼びかけてもなんの反応も示さない。

 きっと唯は、玄関のドアに寄りかかったままでいたのだろう。

 ところが順一が押し開けたせいで、そのまま倒れ込んでしまったのだ。

 彼はそんなことを瞬時に思い、
 
 慌ててドアをすり抜け表へと飛び出した。

「唯! どうしたんだ! 唯!」

 そう何度も声にしながら、順一が唯の身体を抱き起こそうとする。

 その時だった。

 彼は......今あることの重大さに、そこでやっと気がつくのだ。

 唯の下半身は水浸し......氷のように冷たく、

 さらに己の掌を見て初めて、それがただの水などではないことを知る。

 ――血じゃないか……何があったんだ!

 ねっとりとまとわりつくような掌の血を見つめ、再び唯へと視線を戻す。

 するとさらに、剥き出しである脚の至るところに、

 痛々しい裂傷がいくつも見え届くのだ。

 交通事故!? 

 咄嗟に浮かび上がったその思念は、

 次の瞬間、むやみに動かすことへの躊躇を呼び込む。

 だから唯の両肩を抱きかかえたまま、

 順一はあらん限りの声で武の名前を叫び続けた。

 そして心の中では、

「頼む! 降りてきてくれ!」

 と、祈り続ける。

 するとそんな祈りが届いたのか、

 驚くほど早く、武はその場へと現れた。

 なんだよ……うるせえな――眠そうな目を擦りながら、

 玄関から顔を出す武の顔は、まさにそんな台詞を言いかけた。

 ところがそんな顔つきも、目の前に現れ出た現実に、

 見事な変化を見せるのだった。
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