第7章 – 土砂降り 〜 2010年 3月末(22)

文字数 876文字

 2010年 3月末(22)
 


 強姦されたようなものなんだ!

 順一は大声でそう叫びたかった。

 叫んで武彦の首根っこを、

 この手でぐいぐい締め上げたい衝動に駆られる。

 こいつは、どうしてそんなことが言えるのか? 

 武に比べれば出来がいいと、常日頃から言っていたはずなのだ。

 そんな孫娘に対して、

 どのような脳ミソがこう言わせているのだろうと、

 順一は笑い出したいほどにショックを受けた。

 しかし懸命にそれに耐え、静かに彼への言葉を続けるのであった。

「わたしは今日、海外転勤を断りました。だから、家で待っていると彼女にお
 伝えください。できれば唯が退院する時には、3人で迎えに行きたいと思っ
 ています。ずいぶん長い間、家のことをないがしろにして参りましたが、こ
 れからは、家族を一番に考えていきたいと……」
 
 不覚にもこの時、順一の目には涙が浮かび、

思わず声に詰まってしまった。

 しかし武彦にはまるで、そんな姿など見えていないようで、

「だからなんだ! だいたい本社を追い出されるなんざ、仕事のできない男で
 ある証拠だ! 情けない! 失せろ! もう顔も見たくない! もう二度と
 うちの敷居を跨ぐんじゃないぞ!」
 
 そう大声で怒鳴りつけ、さっさとリビングから出て行ってしまうのだった。

 こんな時、和子はいつも隣の台所で佇み、終わった頃にそっと姿を現す。
 
そして決まって順一へと、優しい一言を投げかけてくれるのである。

 しかし今回ばかりはさすがに、

 和子の口からはなんの言葉も発せられなかった。

 その代わりに、彼女はどうしようもなく悲しげな顔で、

 順一へと深々と頭を垂れてみせる。

 その時、和子の顔は青白く、目の下が妙に黒ずんで見えた。

 きっとそれだけ今回のことは、

 和子の心を思い悩ませてしまったのだろう、

 そんなことを痛いほどに感じ、

「お義母さん、やめてください……お義父さんの言う通りなんですから……」

 そう言葉にするのが精一杯。

 そして、

 ――待っているから……

 そう佐和子に伝えて欲しいと言い、

 自虐的な笑みと共に屋敷をあとにするのであった。
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