最終章 – 再生 〜 2014秋(ラストシーン)

文字数 967文字

最終章 – 再生 〜 2014秋(ラストシーン)



「父さん!」

 そんな声がいきなり響き渡った。

 声のする方に目を向けると、どこからか走って来たのだろう、

 息を切らせた武が、呆然とこちらに目を向けているのだ。

 それは武だとなんとか分かる、さらに大人びた印象なのであった。

 どうしたの?

 そう思った時初めて、佐和子の視界の隅に、微かに何かが映り込んだ。

 驚いて目を向ける彼女は、そうしてやっと、

 唯の見つめている存在に気がつく。
 
 ――あなた……?
 
 佐和子は一瞬、夢を見ているのかと思った。

 しかしそうではなかった。

 数メートル先に立ち尽くす唯と武も、

 同じように佐和子と同じものを見つめていたのだ。
 
 順一だった。

 なんとすぐとなりに、

 さっきまで病室にいたはずの順一が、

 パジャマ姿のまま目を閉じている。

 自らの脚で歩いて来たのか、

 素足のまま、ベンチに腰を下ろしているのだった。

 微かに佐和子の方に首を曲げ、

 楽しい夢でも見たかのように、穏やかな顔を見せている。
 
 ――どうして!? 
 
 何が起きたのか分からない。

「あなたあああああ!」

 佐和子の絶叫が響き渡った。

 順一を揺すり、必死に声を掛け続ける。

 しかし彼はいつまで経っても、一向に目を覚ますことはなかった。

 既に彼は佐和子の隣で、安らかな死を迎えていたのである。

 泣き続ける佐和子の隣に、唯が静かに腰を下ろした。

 そして順一を支えるように、武もその隣へと座る。

 ふたりとも涙を湛えてはいたが、

 その穏やかな顔つきは、まるで微笑んでいるようにも見えるのだった。
 
 ひとつのベンチに4人が座り、涙を見せながらも同じ方向を向いている。

「こんな風に座るの、本当に久しぶりだね……」

 しばらく経って、唯がポツリと声にした。

「あ、ほら……お母さん見て、こんなところからも見えるんだよ……」

 そんな声に、武も続けて言葉を掛ける。

「本当だ……きっと、父さんは母さんの隣に座って、これを見ていたかったん
 だね……」
 
 そう告げる武の目には、

 遠くに薄っすらと浮かび上がる、

 紛れもない夕刻の富士が映っているのであった。


                             終

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
                          杉内 健二
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