第7章 – 土砂降り 〜 2010年 3月末(26)

文字数 582文字

 2010年 3月末(26)



 ――この雨で、まさか……どこかで雨宿りしてるなんてこと、
   ないだろうな……?

 そんなことを思って向けた視線の片隅に、

 順一は初めて自分以外の存在を知る。

 それは10メートルほど土手寄りに立っていて、

 傘も差さずにじっと順一を見つめているのだ。

――違う! ……どうしておまえが!?

 それは明らかに、順一の想像していた人物ではなかった。

 そして、知らぬ間に足を踏み出していた彼に、

 バケツをひっくり返したような雨粒が降り注いだ。

 まるで順一の心を突き刺すかのように、

 それはまさに、容赦ない降りようなのであった。

 どうして……? 

 順一がそう声にしかけた時、目の前に見える顔がほんの少しだけ微笑んだ。

 もしかすると、雨が目に入ったせいで、

 そんな顔をしただけだったのかも知れない。

 しかし彼には、笑っているとしか見えなかった。

 ばかな男――そんな声までが聞こえるくらい、

 彼にははっきりとした嘲笑に映ったのだった。

「うわあああああああ!」

 順一は叫びながら走り出した。

 自分が走れるという事実に驚きを感じながら、

 小さなナイフを突き立て、目の前の何者かへ猛然と向かっていった。

 ――どうして!?

 それは順一の最後の思念だった。

 そして......彼の目に映る顔にも同じように、

 驚きの表情だけが、浮かび上がっているのであった。
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