第4章 – 現れた女

文字数 1,325文字

 現れた女

 
 
 飯島が、鏡の前でひとり髪を撫でつけている。

 先週までは整髪料など何もつけず、

 ただ自然に任せていただけだったのだが……。

 あれから3名ほど、スナックで働きたいという申し込みがあった。

 しかし残念ながら、皆若過ぎて、

 ひとりなどはまだ10代という年齢であったのだ。

 もちろん調理師免許も持っておらず、料理は得意だという言葉も、

 どうにも信用する気にはなれなかった。
 
 だから仕方なく飯島は3人とも、

 泣く泣く断りの結論を伝えていたのである。
 
 そんな時、3人の中で一番歳若の女性から、

 去り際にボソッと一言告げられていたのであった。

「客商売でさ、そのボサボサ頭はないんじゃない……ダサすぎ!」

 うちは家族連れも多いし、そんな格好は少しセクシー過ぎるんだ......

 きっとそんな台詞が、気に障ったのだろう。

 歳も若くセクシーで、その顔も可愛らしいとくれば、

 確かに断る方がおかしいのだ。

 そして、そんな事の顛末を話し聞かせたあと由香は、

「そう!わたしもずっと思ってたの、ちょっとスナックのマスターって感じじ
 ゃないなあって。どっちかって言うと、うだつの上がらないサラリーマンっ
 て感じがしちゃう!」

 などと言って大笑いした。

 そして結果、ちょっとつけ過ぎたか......などと、飯島はいまだに、

 ウエット性のジェルを使い始めて1週間、

 その適量の具合がよく分からない。

 少し照かり過ぎという気がしたが、今さらどうしようもなかった。

 飯島は白いワイシャツに腕を通し、

 いつものようにブラックのスリーピースを身につける。

 ずいぶん前に前田から、もっとラフで構わないと言われもしたが、

 どうもこの格好が一番しっくりくるのであった。

 今日は日曜日だった。
 
 以前であれば、早い時間から家族連れで賑わったものだが、

 ここ最近は料理の関係もあって、そんなお客は近寄らなくなっていた。

「あの張り紙がなくなったら、もう大丈夫ですから……」

 料理のできる人が雇えたら、また以前のように来て欲しいと、

 飯島は訪れた家族連れにそう告げて帰していたのである。

 だからある意味、日曜日が一番暇で、この日だけは由香へも、

 手伝いはいらないと心の底から言えていたのだ。

 ところがだった。
 
 そんな......暇だという普段通りの予想が、

 その日に限ってまったくの大外れとなってしまう。

 もともと広い店内に半分でも客が入れば、

 ふたりでも手に負えなくなるのだ。
 
 それがその日は開店からパラパラと客が入り始め、

 21時を回った頃には、これ以上無理だと入店を断るまでになっていた。 
 
 それで店内は飯島ひとり。まさにてんてこ舞いもいいところであった。

 仕方ない……由香に電話して来てもらおう......

 そんな決心が湧き出た時、

 ひとりの女性がスナックの扉を開け、ゆっくりと顔を出した。

 女性は店内を恐々と見回し、飯島を見つけると何事かを言いかける。
 
 しかし彼は、そんな女性に向かって足早に近寄り、

 申し訳なさそうに告げるのであった。

「すみません!! 今日ひとりしかいなくて、手一杯なんです、ごめんなさ
 い!」

 それだけ言って、

 足早にカウンターの中へと戻ってしまう。
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