第10章 – 認 知(7)

文字数 957文字

 認 知(7)



 野村家にとって、朝の5時過ぎはまさに朝食の時間であり、

 それは佐和子にとっても、以前であればなんでもない時刻のはずだった。

 しかしこの頃はなかなか寝つくことができず、

 ふと気がつくと、夜が明け始めているなんてことも多々あったのだ。

 その夜もまさにそうで、目を覚ますと既に5時を過ぎている。

 こんな時、いかにも申し訳なさそうな顔をしながら、

 佐和子はダイニングへの扉を開けるのだ。

 すると武彦の不機嫌そうな仏頂面と、

 聞きなれた叱責の声が響き渡る。

 しかし......そこまでだった。

 そこからは、まるでいつもと違う、非日常の世界が繰り広げられる。

「お母さん!」

 佐和子の目に飛び込んできたのは、数歩先に倒れ込む母親の姿だった。

 いつもと同じ真正面の席で、

 武彦が新聞を広げ、その顔を完全に覆い隠している。

 この異常な状況を目にして、彼女は慌てて和子の傍らへとしゃがみ込んだ。

「お母さん! どうしたの!」

 再びの声にも、和子はなんの動きも見せない。

 ただごとではないと感じた瞬間、佐和子は思わず武彦へと駆け寄っていた。

 佐和子の声にも無反応である父親へ、この時、彼女は生まれて初めて、

 強烈なる憤りを感じていたのであった。

「お父さん! ちょっと何やってるの!」

 そう言って武彦の手から新聞を引ったくり、

 両手で真っぷたつに引き裂いた。

 そこで初めて佐和子は、テーブルに広がる暗赤色の液体に気がつく。

 床に割れた茶碗も落ちていて、初めは何が何だか分からなかった。

 佐和子の行為に驚き、思わず立ち上がった武彦も、

 そうしてやっと、眼前で起きている異変を知ることになるのだった。

「いい! お母さんが倒れた時だって、あなたは知らん振りして新聞読んでた
 じゃない! お母さんは、あなたのすぐそばで血を吐いて、きっとそれを拭
 こうとしてたのよ! あんなにたくさんの血を吐いたのよ! どんなに苦し
 かったと思う!? それでもあなたがうるさいから、あなたに気を使って……
 彼女は布巾を取りに行ったんだわ! でも途中で力尽きちゃったのよ。まさ
 か……倒れる音にまで、お父さんに気を使ったとでも言うの!? 普通気がつ
 くでしょ? ねえお父さん! まさかわたしが気づかなきゃ、1日中新聞読
 んでたんじゃないでしょうね!!
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