第5章 – 崩壊(11)

文字数 653文字

 崩壊(11)
 


 呼び出し音が5回響いて、佐和子の母、和子が受話器を取った。

 しかし、和子の第一声を聞いてすぐに、

 本来の目的を果たせないであろうと、悟るのである。

「あら順一さん……どうなさったの? お元気?」

 順一です――そんな一言のあと、和子はただ明るくそう返してきたのだ。

 だから当たり障りのない挨拶を返して、

 さらに、ただ思いついた言葉を並べ立てるのだった。

「唯のやつが、そちらにお邪魔するようなことを言ってたかと......でも、いな
 いんですよね?」

「唯ちゃん? そうなの? そうなら嬉しいわ。もう1年以上お顔も見ていな
 いんですから……」

「ではすみません、もし伺ったら家に電話するよう伝えてください……」

 ――佐和子はちゃんとやってますか……?
 
 順一の力ない最後の言葉に、和子がそう続けていた。

 しかしその声が耳に届いた時には既に、
 
 受話器はその口から離れてしまっていた。

 だからそれには答えず、
 
 人差し指でゆっくりとフックを押したのだった。

 実家に行くと、手紙には確かにそう書かれていた。

 しかし既に、夕食の時間はとうに過ぎている。

 父親のいる実家に向かう場合、

 こんな時間までどこかをうろついていることなどあり得なかった。

 ――あいつは今……どこにいる? 

 久しぶりに感じる、それはまさに佐和子への強い苛立ちであった。

 ――この家はいったい、どうなっているんだ!

 そんな強い感情が湧き上がり、

 順一に辛うじて残っていた家族への思いが、

 一気に消え去っていくようにも思えるのだった。
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