第10章 – 認 知(17)

文字数 876文字

 認 知(17)



 病院……この匂いは、  

 きっと病院だわ……でも、

 どうして病院なんかにいるんだろう……わたしは病気? 

 頭は痛くないわ、喉だって全然平気……でも、ちょっと待って、

 うそ……身体がぜんぜん動かないじゃない? 

 動かないわよ……ちょっと待って、

 誰か、助けてよ……ねえ、お願い……、

 目も開かないわ……いったい……いったい……

「どうなっちゃったのよ!?」

 そう言葉にしようとしても、

 口そのものがどこかへと消え去ったみたいに、まるで声にならないのだ。

 怖かった。

 このまま死んでしまうのか、

 それとももしかしたら、

 もう既に死んでしまっているのか……そんな恐怖に打ちのめされながら、

 彼女は再び、深い眠りへと落ちていった。


                 *


「薫さんどうなの?」

「いや、とりあえず命に別状はないって……手術ったって、頭とおでこを何針
 か縫っただけだしさ、あとは目さえ覚ましてくれれば……」

「逃げた車の方はどうなの? さっき警察来てたみたいだけど……」

「まったくな! あんな道でスピード出しやがって……だけどきっと見つかる
 さ。今時あんな古い軽トラ乗ってるやつなんざ、そうはいないだろうしよ」

 そう言って前田は、ベッドに横たわる薫の顔を見つめるのだった。
 
 薫を引っ掛けた軽トラは、そのまま逃走してまだ捕まっていない。

 幸い彼女は、大きなボストンバッグを前に抱えていたため、

 ぶつかった衝撃を緩和することができていたらしい。

 頭部に裂傷と、大きなタンコブは作ったが、医者が不思議に思うほど、

 打撲の具合も大したことはなかった。

 しかしスナックの壁に勢いよく飛ばされ、

 後頭部を思いっきり打ちつけてはいたのだ。

 もしもその下に、ダンボールが幾重にも広げられていなかったら、

 さらに異なる衝撃を受けることにもなっていただろう。

 しかしだからといって、車にぶつかった衝撃は、

 身体全体にさまざまな影響を与えているはずだった。

 それがこれからどんな形で現れ出るのか、

 とにかく、薫が目を覚まさないことには分かりようもないのである。
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