第5章 – 崩壊(5)

文字数 963文字

 崩壊(5)



「いいよ真ちゃん、そんなにじっと見てなくたって……今晩来るって決まって
 るわけじゃないんだから……」

 ――疲れちゃうよ……。
 
 最後の一言は、真ちゃんと呼ばれた男の、まさに耳元で囁かれていた。

 そこは1週間前の深夜に、下着泥騒ぎのあった澤田友紀の部屋だった。
 
 友紀がそのことを話した途端、付き合って3ヶ月となる杉下真二が、

 犯人を捕まえると言って押しかけてくる。
 
 そして今、彼は部屋を暗くしたまま、
 
 じっと蒲団に包まり息を潜めているのであった。

「今日は同じ月曜日だろ? ……それなら来る可能性は絶対高いって!」
 
 そう言ってから彼はもう1時間、

 じっとベランダの様子を窺っているのだ。 
 
 その隣で友紀もまた、
 
 毛布を身体に巻きつけ、ベランダと真二の横顔へと交互に目をやっていた。
 
 既に騒ぎのあった時刻をとうに過ぎ、
 
 まもなく夜中の一時を迎えようとしている。

 ――一度見つかったところになんか、もう一度行こうって思うかしら? 

 友紀は本当のところ、そんな風に思っていたのだ。

 そのせいか初めから、彼女にはどこか緊張感が欠けていた。

 友紀はだんだんベランダを見ていることにも飽き、

 毛布から腕だけを出して、真二の蒲団へと差し入れるのだった。

「なんだよ……」

 小声でそう呟く真二は、視線だけはベランダから動かさない。

「もういいよ……今晩は来ないよ……」

 そう耳元で囁く友紀の手が、蒲団の中にある真二の手に触れた。

 すると若い真二も、そんな友紀の動きにそれ相応の反応を見せる。

 真二は毛布ごと友紀の身体を蒲団で包み、

 やがてふたりはカーペットの上へと倒れ込んでいくのだった
 
 友紀はその時、エアコンをつけるべきか......と、一瞬悩む。

 このまま裸になどなれば、

 きっと寒くて楽しめない……そんなことを頭の片隅で考えている時だった。

 鳴ってる? 

 そう思ったが、友紀の服を脱がすことに必死な真二は、

 なんの反応も示そうとはしなかった。

 勘違いか……きっとそうだと思い直した瞬間、

 勘違いでありようもない大きな鈴の音が響き渡る。

 友紀は真二に言われ、

 既に洗ってある洗濯物をベランダに吊るしていた。

 そしてその下着全部に、小さな鈴を括り付けていたのだ。
 
 それが今、この瞬間、

 見事にすべてが鳴り響いている。
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