最終章 – 再生 〜 2014秋(3)

文字数 1,036文字

 2014秋(3)



 ――お父さんを、お願い……。

 蘇り聞こえたそんな言葉に、彼女は思わず叫び声を上げる。

 それは順一にではなく、最期の時を迎えつつあった、

 母、和子へと向けられていたのだ。
 
 佐和子が見ていたものとは、死にかけている和子の姿と、

 医師や看護師に交じって、呆然と立ち尽くす己の姿でもあったのだ。

「お母さん!」

 思わず叫んで駆け寄る佐和子は、そこで初めて、

 死の淵にいる順一を見たのである。
 
 ――あなた……どうして?
 
 ついさっきまで佐和子は、スナックにいたはずだった。

 順一を追って、すぐにでも東京に帰ろうとしていたのだ。

 それが今この時、追いかけるべき順一が目の前に突如現れ、

 まるで死ぬ間際の......和子のような姿になっている。
 
 ――嘘よ……これっていったい……。
 
 初めは、なにがなんだか分からなかった。

 しかしおぼろげではあったが、すぐにここ最近の記憶が蘇り始める。
 
 ――いったい……何が起きたの? どうして彼が……?
 
 考えれば考えるだけ現れ出る新たな記憶に、

 佐和子は再び叫び声を上げた。
 
「うそよおおおおお!」

 彼女は眠ったままの順一を残し、思わず病室を飛び出した。

 それからしばらく、自分がどこをどう歩いたのか、

 まったく何も覚えてはいない。

 ふと我に返ると、彼女はベンチに腰掛けている。

 そこは病院の玄関前に作られた、ちょっとした公園風の場所だった。

 そんなところでベンチに座り、

 彼女は知らぬ間に眠りに落ちていたのである。

 戻らなきゃ。

 とにかく戻って、誰かに事の真実を尋ねるしかないと、

 佐和子が心に強く思った時だった。
 
 ――唯……。
 
 そこで初めて、真正面で唯が立ち尽くし、

 じっと佐和子を見つめていることに気がつく。
 
 ――お母さん。
 
 その時佐和子は、唯がそう呟いたと思っていた。

 唯の口元の微かな動きは、自分へのものと信じて疑わなかった。

 そして、久しぶりに目にする我が子の姿に、佐和子の目から涙が溢れ出る。
 
 さっき蘇り現れた記憶の中には、ここ最近の唯もいた。

 しかしそれらはみんなおぼろげで、

 今、目にしている唯は、まるで別人のように大人びて見える。

 そんな唯がじっと、佐和子の方を向いて、

 呆然と立ち尽くしているのだった。
 
 目の前の唯は確かに、佐和子の方へと目を向けてはいた。

 しかしその口が発していたのは、佐和子への言葉ではなかったのである。

 佐和子がそれを知るのは、その直後に響く武の声によってであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み