第7章 – 土砂降り 〜 2010年 3月末(7)

文字数 837文字

 2010年 3月末(7)



 彼がそんなことでひとり悩んでいると、

 病室の扉からひょっこり武が顔を出した。

 それからふたりは1階のロビーへと降りていき、菓子パンを頬張りながら、

 久しぶりとなるふたりでの時間を過ごすのだった。

「母さん……結構大変だったよ。まあ、俺だけだと思ってた、どうしようもな
 いのが、実は姉ちゃんもだったなんて、ずいぶんとショックだったんだろう
 なあ......」

「どうしようもないなんてことがあるか……ただ、ショックはショックだろ
 う。父さんだって、かなりショックだぞ、実際のところ……」

「でも、父さんは結構ちゃんとしてたじゃん。父さんの父さんらしいとこって
 初めて見た。それもあの母さんに向かってだもん、俺、驚いちゃったよ」

 順一が思わず佐和子に言った言葉を、武は言っているのであった。

 本人が一番苦しんでいる――そしてその苦しみは、
 
 どこの誰からもたらされたものなのか?

「明け方ぼうっと歩いていたら、いきなり自転車が後ろからぶつかってきたん
 だそうです。で、突き飛ばされ、ガードレールで頭を打った、とまあ、ここ
 までは覚えているらしいんですが……」

 その後のことは、何も覚えていないらしいと、
 
 病室に現れた看護師が教えてくれた。

 そしてさらに唯には、少なくとも数回に渡って、
 
 誰からか暴力行為を受けていた痕跡が残っている。

 そんなことをした犯人は、
 
 まさか、胎児の父親である男なのか……?

 果たして、本人以外からは知り得ようもないそんなことが、

 なんとも呆気なく順一の知るところとなるのだった。

「姉ちゃん、外国人と付き合ってたんだ。六本木で声を掛けられたって、内緒
 だって、言われてたんだけど……」

 順一の目を見ることなく、武はなんとも言い難そうに、そう声にした。

 そして見せたいものがあると言って、
 
 順一に家へ戻るよう言うのである。

 どっちにせよ、
 
 唯の入院準備をせねばならない彼は、
 
 その後すぐ武を乗せ、家へと車を走らせるのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み