第2章 – 家族

文字数 1,210文字

 家族



 2010年......1月初旬。

 やっぱり、行かなければ良かった。

 しかし正月くらい顔を出さなければ......岩井順一そう思って出掛けては、

 毎年、同じような後悔に打ちのめされて帰宅するのだった。

 まだ、子供が小さい頃は良かったのだ。
 
 子供たちのことが話題に上がっていればそれでいいし、

 そうでない時は、自ら子供と戯れていればいい。

 しかしここ数年は、子供たちもそれぞれ自分の時間を優先し、

 親の実家などに付き合う素振りすらない。

 自分の親は、既にふたりとも他界していた。
 
 身寄りのない両親であったから、

 即ち妻の実家が、唯一の近しい親戚だった。
 
 さらにその実家こそが、

 現在の彼にとって、最大の難所となっていたのである。

 今朝も挨拶を交わし、ソファへと腰掛けた途端だった。

「来年は武も高校受験だろう? 大丈夫なんだろうな、今度こそは?」
 
 目の前に座る彼へではなく、離れた場所にいる妻に向かって、

 義父、野村武彦は大きな声で問いかけていたのだ。
 
 さすがにもう執刀することはなくなったが、

 10年ほど前までは、日々手術という生活だった。

 即ちそれだけ、彼の施術を望む患者があとを絶たなかったのだ。
 
 大学病院の脳神経外科部長だった彼も、

 今は名誉教授として第一線から退いていた。
 
 しかしその自信満々な態度は、

 衰えるどころかますます強みを増しているようなのだ。

 そしてここ数年は、義理の息子と会話を交わそうともしない。
 
 そこは東京の外れに位置する、小田急線沿線の大きな屋敷で、

 岩井順一の妻、佐和子の生まれ育った生家であった。
 
 そして高校受験を1年後に控える武とは、今年中学3年になる長男で、

 その上に今年で高校2年生の長女唯がいた。

 唯は武と違って、もともと勉強のよくできる子であったが、

 最近どうしたものか、目に見えて成績が落ち込んできている。
 
 帰りもどんどん遅くなり、時折外泊するようにまでなっていた。

 そんな時順一が、その行動に言及すると、

「あなたが普通でいいとおっしゃったんじゃないですか? 高校生の外泊なん
 て、この頃は普通なんじゃありません?」

 などと佐和子は決まって、

 過去のいさかいを思い起こさせる台詞で返してくる。
 
 それは唯の成長と共に繰り返された話で、

 始まりは、順一のこの言葉からだったのだ。

「おい……幼稚園に入るのに、どうして試験が必要なんだ?」

 そんな順一の問いかけに、佐和子からの返答は、

「あの幼稚園にはあるのよ」

 というあまりに何気ないものだった。

 そしてその幼稚園に入って、その後もそれなりに頑張っていけば、

 大学までエスカレーター式に行くことが出来る。

 もちろんその大学とは、私立としてトップクラスの学校なのであった。

 佐和子は確かにその頃、

 いくつもの幼児教室へ唯を連れ回していたのである。

 しかし順一にとって受験とは、どう考えても高校からのものだった。
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