第4章 – 現れた女(14)

文字数 877文字

 現れた女(14)
 


 一方、由香の方とは、あれからも相変わらずの関係が続いている。

 週に二、三度のペースでスナックへと顔を見せる由香は、

 これまで通り、店の定休日には飯島と一緒に過ごすことを望んだ。

 飯島も、そんな時間を拒むことなく受け入れていたのだ。

 そして......薫が訪ねきた、その次の日だ。

 病院の医師から直接、飯島へと電話が入る。

 彼は電話口でただ一言、今からすぐに来られないかと言う。
 
 だからスナックの開店前に、慌ただしく病院を訪れたのだ。

「厳しい状況です……」
 
 2日前に怒っていた顔が、そう告げたあと、何も言わずに下を向いた。

 確かに、自分が想像していた通りの結果に、

 衝撃を覚えないわけではなかった。

 しかし結果がどうあれ、彼が選ぶべき道は、もう決まっている。

 いずれこの土地を去ることに変わりはなく、

 あとはそのタイミングだけの問題であった。

「かなり酷い胃潰瘍らしい。だからしばらくは薬を呑まなきゃいけないし、病
 院へも通う羽目になったよ」

 そう告げる飯島の前で、由香が見せた心配そうな顔と、

 少しだけホッとした印象を垣間見た時、

 彼は鉛を呑み込んだような気分になった。

「命に別状がなくて良かった」

 まさにそんな風に言って、彼女は心から喜んでいたのだ。

 それからのひと月、飯島の胃はこれまで通り、たまに痛んだ。

 しかし彼は病院へ行っても、ただ薬をもらって帰るだけで、

 治療への進言にはまったく耳を貸そうとしない。

 既に手術は厳しい状態にあり、

 他の治療でも助かる見込みは、きっとないに等しいのだ。

「まったくないわけじゃない。放射線だって免疫療法だって、充分可能性はあ
 るんですよ!」
 
 そんな医師の言葉に従ったとして、

 1年、もしくは何年生きれば助かったと言えるのか? 

 さらにそんな時間も、
 その大半は病院の中で過ごす羽目にだってなるのだろう。

 だから彼は何もしないと決めていた。

 できるだけ薬だけに頼って、いざとなれば、

 ひとりこの土地から去っていく。

 自由が利くうちに、

 自分の死に場所くらいは自分で探そうと決めたのだった。
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