第9章 – 覚醒(11)

文字数 1,037文字

 覚醒(11)



 ――どうすればいい? いっそ、警察にでも出頭するか?

 そうすればきっと、すべてを知ることができる……。

 さっきからそんな自問自答を繰り返し、

 彼は既に1時間以上も歩き続けているのだ。

 順一は最初、佐和子の実家に行きかけ、

 屋敷の屋根が見えたところで引き返していた。

 野村邸を訪ねて、自分はいったい何を言い、

 どんな顔をしようというのか? 

 そんなことをふと思い、己の浅はかさを大いに笑った。

 そして成城から玉堤通りを歩き、多摩川縁に出て、さらに歩いた。

 このまま行くと、あの呼び出した辺りに出てしまうと思い、

 再び住宅街の道へと戻る。

 すると知らぬ間に、瀬田の交差点に立っている自分を知って、

 彼はやっと警察に出頭する覚悟を決めるのだった。

 歩こうと思えば、まだいくらでも歩けそうだった。

 風もなく暖かで、自分でも不思議なくらい気分がいいのである。

 確か、二子玉川に交番があった……そんな記憶を頼りに、

 国道246号をゆっくりと下っていった。

 ところが……、

 ――ここが、二子玉川か? 

 思わずそう声になりそうなほど、目の前の風景は変わり果て、

 彼は思わず立ち止まる。

 確かに思い浮かぶその記憶にも、

 部分的に始まっていた工事の様子はあったのだ。

 しかしいくらなんでも、たった2年ほどの間に、

 これほどの変化を見せるはずはなかった。

 きっと順一には、ここ10年くらいの風景など、

 しっかり見えていなかったに違いない。

 そして知らぬ間に消え去ったものは、

 もう二度と眺めることはできないのだ。

 そんなことを感じながら、

 再び目的の場所へと歩き始めようとする。

 しかしたった一歩か二歩進んだだけで、彼は突然一歩も動けなくなった。

 嘘だ! 

 はじめは、そんな印象だった。

 あり得ない! 

 そんな偶然があるならば、物事はすべてうまくいってしまいそうに思える。

 今、彼の目の前に、

 まるでファッション雑誌から抜け出たような女性がいた。

 歩き出した途端、順一の目にその姿が飛び込んできたのだ。

 冬にさしかかろうというのに、

 真っ白で透けるような生地のワンピースに、

 薄ベージュの革ジャンパーを羽織っている。

 長い髪が風に揺らめく度に、足首まであるワンピースの裾も揺れ、

 その長い脚のラインが露わになった。

 しかし順一はそんなところには目もくれず、

 その女性の顔を一心に見つめている。

 そして見つめられる彼女も、やはり目に涙を溜めて、

 順一へ視線を向け続けているのだった。
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