第7章 – 土砂降り 〜 2010年 3月末(19)

文字数 830文字

 2010年 3月末(19)



「でもきっと今、母さんはここにいない方がいいんだよ。姉ちゃんまだ微妙な
 感じだから、ああだこうだ言われたら、余計おかしくなっちゃうかも知れな
 いし、母さんだって、多分、おんなじでしょ?」

 武がそう言って、少しだけ.....微笑むような顔を見せる。

 ああ、こいつは結構……分かってる――そんな風に感じて、

 順一は少しだけ嬉しくなった。

 恐る恐る身体を動かしてみると、全身はとてつもなく痛んだが、

 決して我慢できないほどではない。

 しかし顎の痛みはかなりのもので、思うように口が開かない。

 だから中途半端に開けたまま、

 どうしても聞き取りにくい言葉となった。

「武……」

 そう声を掛けると、彼は目を覚ましてから、

 ずっと気になっていたことを尋ねる。

 ――その携帯電話でも、例のサイトを、見ることができるのか? 

 そんなことを伝えるのにも、何度かのやり取りが必要なのだ。

「見れるよ……ちょっと時間かかるけど……」

 そう言って、武はアイフォンをいじり始める。

 軽快に動くその指先は、さまざまな変化を見せながら、

 きっと目指すサイトへと導いているのだろう。

 そしてそんな動きが止まった時、

 武の呟くような声が聞こえてくるのであった。

「父さん……消えてるよ……」

 そして再び、武の指が前後左右へと動き出す。

「どこにもないよ、あの動画だけじゃなくて、ジョンのサイト自体が消えちゃ
 ってるんだ」
 
 いったいどうして?――そんな顔つきで見つめる武に、

 順一はただ、笑うだけで応えるのだった。

 しかし実際には、まだ安堵できる状態ではないのだ。

 佐和子は精神的に不安定で、いまだ実家に世話になっている。

 そんな妻にふたりの子供を預け、

 自分は海外などに行ってしまえるのか? 

 傷ついた唯を、今の佐和子は優しく包み込んでやれるのだろうか? 

 そんなことを思えば思うほど、

 彼は過去の自分を苦々しく思い、さらに、

 そんな自分との決別を、心に強く誓うのであった。
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