第7章 – 土砂降り 〜 2010年 3月末(21)

文字数 807文字

2010年 3月末(21)



 自分の電話がそんな事態を引き起こしていると知らぬまま、

 順一はその頃、緊張感を胸にしながら病院をあとにしていた。

 病院で目覚めてからまだ5日しか経ってはおらず、

 痛み止めを飲んでの退院なのだ。

 本来であれば、こんなに早い退院など、許可が下りるわけがない。

 しかしなぜか、順一が漏らしたそんな希望に、

 病院側はあっという間に許可を出してくれたのだった。

 きっとそこには、佐和子の父親の意向が存分に浸透していたのだろう。

 彼はそれを幸運と捉え、即座に退院の準備を始めていた。

 入院中一番厄介だったのは、折れてしまった両方の奥歯。

 そのせいで炎症でも起きているのか、食事が思うように取れないのだ。

 しかし両腕はしっかりと動くし、踏み出す度に内臓が痛んだが、

 それさえ我慢すればなんとか歩ける。

 これは非常にありがたかった。

 だから順一は退院したその足で、

 佐和子に会いに行こうと決めたのだった。

 そしてどうにかこうにか野村家へと到着し、

 和子に驚かれながらも居間へと通される。

「いったい……どうなさったの?」

 そんな和子の言葉に、順一はただただ苦笑いを見せるだけ。

 まさか……外人に寄ってたかって、などと言えるはずもないのだ。

 しかし一方、武彦の態度は、相も変わらずのものだった。

 一瞬、何事かという表情を見せるが、

 すぐにまた能面のような顔つきに戻る。

 順一の挨拶も聞かずに、いきなりぶしつけな声を上げてきた。

「いったいなんの用だ!? 佐和子なら出掛けていておらんぞ……」

「いえ、とにかくご心配をおかけしましたから、そのお詫びと、いろいろあり
 ましたが、少し落ち着いて参りましたので、本日は佐和子を迎えにと……」

「何が落ち着いたんだ? 唯はまだ入院中なんだろう? まったく、あの歳で
 妊娠なんて……おまえのうちは、いったいどうなってるんだ!?
 
 鬼のような形相で、武彦は順一を睨みつけた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み