第9章 – 覚醒(9)

文字数 1,136文字

 覚醒(9)



 2年前の2010年春、

 彼は唯の病室を出てから、何時間も街をさ迷い歩いていたのだ。

 唯の言葉ひとつひとつを思い出し、

 その都度、彼女の勘違いである可能性を思った。

 しかし一向にそんな努力は報われることなく、

 指示した時間が近づいてくる。

 そして午前中は晴れていたはずの空が、

 いきなり土砂降りの雨粒を降り注ぎ始めた頃……。

 それは明らかに、予定した人物の出現ではなかった。

 ――違う……どうしておまえが!?

 あんぐりと口を開ける順一の視線は、 

 妻、佐和子の姿をしっかりと捉えていたのであった。



「父さん、実は言おうかどうしようか迷ったんだけど……お母さん……浮気し
 てるんだ」

 唯が辛そうな顔を見せ、そんなことを言ってきたあと、

 彼はさらに、想像していなかった現実を突きつけられていたのである。

「わたし、お母さんとフェイスブックで友達なの。だから、お母さんのアップ
 した画像とか、簡単に見れるんだ……」
 
 お互いの了解の下、いわゆる【友達】という繋がりができると、
 
 その関係の範囲内で、書き込んだ文章や画像を見せ合うことができる。

 それはあのジョンのように、不特定多数向けに、

 【公開】へと変更することもできるのだと言った。

 佐和子が実家にいるとメモを残した日、

 それはランチだったり夕食だったりいろいろだったが、

 いくつもの洒落た料理やカクテルなどが、

 その都度アップされていたのだと言う。

「わたし、一度見ちゃったの……西麻布のお店で、お母さんが男の人と一緒に
 いるの。それで面白いから付いていっちゃった……まさかそんなところに入
 るなんて、思わないから……」
 
 ふたりは六本木方面へと真っすぐ歩き、

 やがてハイアットホテルへと入っていった。

「わたしは、入っていくところまでしか見てないんだ……でも、残念だけ
 ど……」
 
 そう呟きながら、唯は疑う余地なんてないんだと、
 
 その目で順一へと伝えてくる。

 そしてその時も次の日になって、

 佐和子のフェイスブックには、その夜の料理がアップされるのだった。

「いっつも大学時代の友達とか、ママ友と一緒だなんて言うんだけど、ちょっ
 と違うんだよね、店の感じとかいろいろ……」
 
 唯はアイフォンを取り出し、そんな料理の画像を順一へと差し向ける。

 そして一緒にいたという男もまた、

 佐和子とフェイスブックで繋がっているんだと言うのである。

「この人だよ……お父さんは知ってると思うけど」
 
 そう言って、再び唯が差し出した画面には、

 確かに順一の知っている男が映っているのだ。

 こいつ……どうして!?

 そんな驚きと湧き上がる怒りに、順一はただただ画面の男を見つめ続ける。

 そんな彼に、唯はあまりにも冷静な声で続けるのだった。
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