第3章 – 事情 ・ 2012年1月(6)

文字数 1,004文字

 2012年1月(6)



 大きなスーパーマーケットの向かいに、

 幹線道路を挟み、この街に唯一ある総合病院がそびえ建っている。
 
 だから病院の入院患者も、

 重篤ではない場合はスーパーを利用することも多かった。

 当然、病院内にも売店はあるのだが、

 品数はもちろん、その価格にも大きな違いがあったのである。

 そんなスーパーで、飯島は手ごろな花束と、

 由香に言われナイフを使わず、そのまま食べられる果物を買い求めていた。

 飯島にとっては、昨日に引き続き二度目の見舞いであった。

 1回目である昨日は、入院したと聞いて朝一番に駆けつけていたのだ。

「美穂子が自殺しやがった! 幸い死ぬこたあないらしいんだが、ちょっとお
 かしなことになっててな……すまんがしばらく店の方は休ませてくれ!」

 突然明け方電話してきた前田は、

 それだけ言って、すぐに電話を切ってしまう。

 前田の自宅から救急車が向かう先と言えば、

 考えられるのはひとつだった。 

 だからさまざまな思いに気が動転するなか、
 
 飯島は思いつく病院へと向かっていたのだ。

「手首を切っただけじゃないの? 顔が酷いって……いったいどういうこ
 と?」

 由香が訝しげな顔をして、そんな言葉を言って返した。
 
 どうしても見舞いに行きたいと言う由香へ、

 飯島はまず、しばらく待った方が良いと伝えたのだ。

 そしてその理由を尋ねられ、

 彼はそこまでは正直に話し聞かせていたのであった。

「かなり酷く殴られたみたいで、顔がもの凄く腫れ上がってたよ……それにそ
 んな状態はどうやら、顔だけじゃないらしいんだ」

「顔だけじゃないって……それってもしかして前田さんが……?」

「違うよ、そうじゃない。僕も真っ先にそう思ってね、思わずオーナーの手首
 を掴んで手の甲を見てみたんだ……でも、オーナーの拳はきれいなもんだっ
 たよ」

「じゃあいったい誰が……美穂子さんをそんなに殴ったりしたの?」

 殴っただけじゃない――ふと、そんな言葉が喉元まで出かかった。
 
 しかし腫れ上がった美穂子の顔を思い出し、

 咄嗟に言葉にする意味がないことに気がつく。

「オーナー泣いていたよ、どうして、もっと早く気がつかなかったのかっ
 て……」

 その夜前田は久しぶりの立ち仕事で、

 へとへとになりながら家路へと着いていた。

 そして、シャワーを浴びようと向かった先で、
 
 手首を切りつけ、
 
 素っ裸で倒れている美穂子を発見したのである。
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