第2章 – 家族(3)

文字数 1,142文字

 家族(3)



 彼はそれまでずっと、同世代では一番の出世頭だった。

 しかしそれを人並み以上に願ったわけではなく、

 ただ誠実に、目の前の仕事をこなしていった結果がそうであったのだ。

 そんな彼が突然、

 会社の一大プロジェクトリーダーに抜擢されたのは、

 今から1年ほど前のこと。

 この新事業が成功すれば、会社は飛躍的に大きくなるという、

 それは期待のかかったものであったのだ。

 しかしあとほんの一押しというところで、

 一番のやり手だった部下から、信じられない報告がもたらされる。

 その報告からたったふた月で、

 彼はプロジェクトの責任者から外されることになるのであった。

 恐らく3月の決算までに、次の立場が明らかにされるであろう。

 それはこれまでとは違って、間違いなく左遷的な人事となる。

 最悪は地方への転属だってあるかも知れないのだ。
 
 そうなったら、俺はひとりでそこへ出向けばいい。

 どうせ一緒に来てくれる家族ではない――そんなことを改めて感じながら、

 彼は今いるリビングを見回した。

 そこは、佐和子や子供たちの存在を感じさせるもので溢れている。

 それどころか、義父から送られた大き過ぎる絵画や、

 佐和子の友人が作ったという手作りの置物など、

 そんなものまでがやたら目に付くのだった。

 しかし順一の存在を思わせるものは、

 何ひとつ見つけることはできなかった。

 僕の家は本当に……ここなんだろうか? 

 そんな疑問が心に湧き上がった時、突然彼の背後で物音が聞こえる。

 順一が驚いて振り返ると、上下黒のジャージ姿で冷蔵庫を物色する、

 長男、武の姿が目に入るのだった。

 いたのなら......なぜ? 

 チャイムになんの反応もみせないのだと、彼は一瞬声にしそうになる。

 しかしすぐにその理由が思い浮かび、すんでのところで思い留まった。
 
 きっと武はつい今まで、昼からずっと眠っていたのだ。

 そして恐らく、その耳元には、大きなヘッドフォンがあったに違いない。

 音楽なんぞ聴きながら、よく眠れるものだと思う反面、

 せめてお帰りくらい言えないのかと、

 順一は心の底だけで今更ながら思うのだった。

 家にいる時の武は、パソコンの前からなかなか動こうとはしない。
 
 きっと学校では、

 女の子と話もできない部類に属しているに決まっているのだ。

 何事にも物怖じしない唯に比べて、

 武は順一の血をより多く引き継いだようだった。

 そんなことを考えているうちに、

 やっとリビングのエアコンが効き始める。 

 すると急に睡魔に襲われ、順一はソファでウトウトし始めるのだった。

 ――そんなところで寝ないでください! 
   まったくだらしがないんだから!

 そんな佐和子の声を心の片隅で思い浮かべながら、

 彼は眠りへと落ちていった。
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