第11章 – 2月某日(2)

文字数 958文字

 2月某日(2)



 そこはもともと、納戸として使おうとしたところで、

 たった3畳の日の当たらぬ空間だった。

 ところが引っ越してしばらくすると、

 順一がさまざまなものをそこへ持ち込み始める。

 その頃にはすでに、

 佐和子はその部屋の扉を開けることさえしなくなっていた。

 だから部屋に入るのは、本当に久しぶりのことなのだ。

 そして、これまで彼女が邪魔だと言って、

 目の前から消し去っていたものの多くが、そこには眠っていたのである。

 それは順一の持ち込んだ置物であったり、

 彼の友人が描いたという絵画だったりした。

「こんなものまで……」

 佐和子がそう声にして、思わず手を伸ばし、掴み上げる。

 それは結婚前のクリスマスに、

 プレゼントとして順一へと渡していたものだった。

 ――こんなに、ぼろぼろになってるのに……。

 ところどころ見事ほどけてしまっているそれは、

 元は真っ白だった手縫いのマフラーであった。

「そんな貧乏くさいマフラー、もうやめてちょうだい! ご近所に笑われちゃ
 うわ!」
 
 薄汚れたそのマフラーを巻き、

 唯と近所の公園へと出掛けようとする順一に、

 佐和子は一度だけ、そう言ったことがあったのだ。

 そんなことを思い出し、

 ふと、部屋の隅に置かれた風呂敷包みに気がつく。

 彼女はためらうことなく風呂敷を解き、

 積み上げられているものへと目を向けた。

 それから己の首にマフラーを巻きつけ、目の前にあるさまざまなものを、

 かじかんだ手にひとつひとつ取っていくのだ。

 佐和子はそれらを、これまで一度も目にしたことがなかった。

 それは順一の結婚前のアルバムや、

 彼が捨てられなかったに違いない、

 文庫本や何枚かのレコードなどであった。

 そしてそれらの一番下に、

 記憶の奥に仕舞い込まれていた顔を目にしたのである。

 ――お義母さん……。

 捲った途端目に飛び込んできたもの、

 それは順一の母親が、どこかの山中で笑っている姿だった。

 ただで配られる紙製のミニアルバム何冊かに、

 多くの場合、順一の母玲子が写っている。

 それは母親とのハイキングの写真や、どこかの公園で写したものなど、

 どれも順一が就職した以降に撮られているものらしかった。

 それらの写真は行く当てのないまま、

 風呂敷包みの中でずっと、静かに時を過ごしてきたのだろう。
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