第10章 – 認 知(16)

文字数 479文字

 認 知(16)



 そして店内に、ほんの一瞬の静寂が訪れる。

 しかし扉が音を立て、閉まり始めたと同時に、

 前田はその扉に向かって、一気に走り出すのだった。

 一方、美穂子の方は何が起きたのかさえ分からず、

 前田の背中をただただ見つめていたのだ。

 ――消えちゃった? 

 開いた扉の先で、

 薫が一瞬にして見えなくなった。

 ――何……何よいったい! 

 溢れ出る涙が、しばし美穂子の震える唇を濡らし続けた。

 ふたりはさっき間違いなく、

 店内から去り行く薫の後ろ姿を見送っていたのだ。

 扉が開き、薫が表に勢いよく飛び出す。

 元気でね――ふたり同時にそんなことを、

 心に思った次の瞬間......薫はきっと振り返り、

 笑顔を見せようとしていたのだ。

 立ち止まり、こちらを向きかけていた薫の姿が、

 一瞬にしてふっと消えた。

「美穂子! 救急車だ! 救急車を呼んでくれ!」

 そんな前田の声は既に、震える涙声となっている。

 それはあと2週間ほどで、新しい年を迎えようかという時……。

 そしてちょうど同じ頃、

 駅のホームで順一がひとり、

 薫の到着を今か今かと待ち侘びていたのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み