第10章 – 認 知(3)

文字数 1,064文字

 認 知(3)
 


 それは見送りに来たふたりだけではなく、

 順一本人でさえ、そんな危機感を抱いていたようにも思えるのだった。

 果たして、忘れ去った2年半との対面は、

 順一にどんな結末を用意しているのか? 

 3人はそんな不安をオクビにも出さず、笑顔のまま静かに別れた。

 そしてそれから、わずか2時間足らずで、

 4日ぶりのホームに降り立つ。
 
 ――ここだ……間違いない。

 彼は思いのほか順調に、あの夜、何度も見つめ返した扉の前に、

 順一は立つことができたのである。

 たった4日だというのに、あの晩が1年も前のことのように感じる。

 さらにノックをして、あの女性が出てきたらと思うと、

 また1年経ってから出直したい気にもなってくるのだった。

 それでも勇気を振り絞り、二、三度ノックを試みる。

 しかしなんのリアクションもないのだ。

 しばらく耳を済ませて待つが、結果は同じ。

 ドアノブに手を掛けても、鍵が掛かっていて開く気配はまったくなかった。

 ――鍵を……僕ならどこに隠す? 

 ここに鍵を掛けたのは、あの晩の女性であるはずだった。

 戻ってきた彼が困らぬようにと、鍵をどこかに隠したに違いない。

 あれはどう考えても、女性の部屋らしくはなかった。

 であれば、あそこが自分の部屋であったと考えるしかない。

 彼はふと、扉の横にある赤いポストを見つめる。

 それはあまりにベタな考えではあったが、

 だからこそ、誰でもが気がつきそうなことなのだ。

 ――ポストの中……天辺にテープで留めてある。

 呪文のように心の中でそう呟き、彼はポストへと手を差し入れる。

「あった……」

 それは見事予想した通り、ポストの中の一番上に、

 セロハンテープで貼り付けられていた。

 ところが彼はそこで、まったく予想していなかった事実に直面する。

 その瞬間、彼は鍵を握ったまま、しばらく身動きさえできなくなった。

 ――飯島正行!

 ポストに差し込まれている名札に、そんな名前が書かれていたのだ。

 きっとこの土地における、それは自分の名前なのであろう。

 そこまでは彼にもすぐに理解はできた。

 しかしそこまでだった。

 それ以降、たったひとつの疑念についてのみ集中していくこととなる。

 それは見事に、たった一文字違いだった。

 ――いいじままさゆき?

 信じられなかった。

 彼はこれと、あまりによく似た名前を知っていたのである。

 漢字なら、同じであるのは一文字だけだった。

 しかしだからといって、こんな偶然がどうして起きるのか!?

 飯島正行――いいじままさゆき。

 飯山雅之――いいやままさゆき。
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