第7章 – 土砂降り 〜 2010年 3月末(24)

文字数 709文字

 2010年 3月末(24)



「お母さん……浮気、してるんだよ」

 一瞬、何を言っているのか......が、理解できなかった。

「浮気だよ……それとも、お父さん何も、感じない?」

 感じないわけが、なかった。

 しかしだからといって、自分はどんな顔を返せばいいのか?

 ついさっきまで、ふたりはまったく別の話をしていたのである。

「武から聞いた……大変だったんだってね……」

 退院2日後、順一が病室を訪れると、唯が突然そう話しかけてきたのだ。

「そんなことないさ、大した怪我じゃなかったし、それに父さんが、弱過ぎた
 だけ、だから」

「でも最初は、トイレにもひとりで行けなかったって、武が言ってたよ」

 そんなことを言って、久しぶりの笑顔を順一へと見せる。

 それから順一は、海外赴任を断ったことや、

 今後、家族としてやり直したいという思いを、唯へと話し聞かせたのだ。

「でも、ずっと思ってた。どうしてお父さんや武は、お母さんに何も言い返さ
 ないんだろうって……それを武に聞いたらね、

『それを言っちゃったら、うちの家族は終わっちゃうからね』

 なんて言うんだ……でも、言われてみれば、わたしもそうなのかなっ
 て……」
 
 そしてしばらく黙っていた唯が、

 いきなり顔を上げ、言葉にしてきたのだった。

 ――お母さん……浮気してるんだ。

 きっと、壊れかけている家族を、
 
 本当の意味で、なんとかしたいと考えていたのかも知れない。

 そして衝撃で何も言えない順一へ、

 唯は次々と想像もしていなかった真実を告げていくのであった。

「そうか……そんなことはきっとみんな、父さんの自業自得なんだろう
 な……」
 
 なんとか搾り出したそんな言葉に、唯は懸命に首を振った。
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