最終章 – 再生 〜 2014秋

文字数 713文字

 2014秋



 佐和子が無事に退院してからの1年間、

 順一は成城の家で、静岡での生活をなぞるように毎日を過ごした。

 ふたりが長い結婚生活で、

 一番一緒に過ごしたであろう時間を取り戻すかのように、

 彼はできる限りそのままを、成城の家へと持ち込んでいたのだ。
 
 朝5時には起き出し、彼は朝食の準備を始める。

 もちろんそれは、旅館で出てくるような食事ではなく、

 切り刻んだ生野菜や植物性ヨーグルトなど、

 薫が作ってくれていたものを、必死に思い出しながらのことだ。

 そんな朝食が完成して初めて、彼は佐和子を起こしにいく。

 ふたりは毎朝ウオーキングをし、その後もできるだけ一緒に過ごした。

 基本、佐和子は順一の言うままに従ってはいたが、

 決して喜んでという印象ではなかった。

 しかしそれでも、時折見せる心からの笑顔は、

 順一を充分幸せにしてくれるのであった。
 
 幸い順一の貯金だけでも、ふたりの生活なら5、6年は持ちそうだった。

 そしてたとえ、彼女がひとりっきりになったとしても、

 武彦の残した資産はあり余るほどだった。

 さらにそんな生活は病気の進行を、

 少なくとも遅らせてはいたのである。

 しかし宣告を受けてから1年と少しが経過した頃、彼は再び吐血する。

 病院での検査の結果、癌が何箇所にも転移していることが判明するのだ。

 それでも彼は、入院することを頑として拒み、

 成城での生活を続けていった。

 そしてさらに半年が過ぎた頃には、

 もう通常の生活ができなくなっていくのである。

 彼は入院を観念するとすぐに、

 唯と武と連絡を取り、成城の家に戻ってくるよう頼み込んだ。

 自分の病気を明らかにし、

 あとのことすべてをふたりへと託すのであった。
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