第9章 – 覚醒(10)

文字数 898文字

 覚醒(10)



「これで、この人にメッセージ送ったらいいんじゃない?」
 
 フェイスブックにはライン同様、

 メールのようにメッセージが送れる機能があった。

「とにかく、お母さんを直接問い詰めるのは止めた方がいいと思う。どうせ認
 めないだろうし、きっと、逆効果になっちゃうと思うんだ……」

 だから男へとメッセージを送りつけ、どこかに呼び出せと言うのである。
 
 ――逆効果になっちゃう。
 
 この言葉が指し示している意味を、

 順一はこの時、露ほどにも理解していなかった。

 果たしてこの瞬間、

 自分は、唯の求めていることを同様に望んでいたのか? 

 それは今となっては、いくら考えても仕方のないことだった。

「絶対に許さないって言うんだよ、訴えてやるって……それが嫌なら、ママか
 ら来た電話やメールは全部無視、会いに来ても、もう会いたくないって突き
 放せって……」
 
 真剣な顔をして、唯はそんなことを訴えるのだ。

 彼女の言葉に、ただただ反応できないでいる順一に向かって、
 
 お父さんにできる? 

 唯は終いに、そんな表情を見せてくる。

 佐和子の夫、岩井順一。

 そう入力された末尾を読んで、男は何を思ったのか? 

 いきなり届いた順一からの言葉に、

 少なくとも驚き、多少の恐れくらいは感じていたはずなのだ。

 果たして、本当にそうだったからなのか、それともその逆で、

 行動を起こす価値もないと感じた結果なのか……とにかく、

 男は順一の前には現れなかった。

 そして代わりに現れた佐和子は、順一の視線に気がつき、

 歪んだ顔で呟いていたのだ。

「あの人は関係ないの……悪いのは、わたしですから……」

 たったそれだけの言葉が、順一の理性全てを奪い去った。

 ――この期に及んで、佐和子は男を守ろうとしている!

 そんな感情が芽生えた時既に、

 彼はナイフを片手に走り出していた。

 そして、土砂降りの雨の中、

 佐和子が顔を歪ませゆっくりと倒れ込んでいく。

 そんなシーンを今、順一はしっかりと思い出すことが出来る。

 しかしその次に浮かんでくるものとは、

 見覚えのないアパートの部屋と、

 薄っすら浮かぶ......白い女の背中だけなのであった。
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