第7章 – 土砂降り 〜 2010年 3月末(4)

文字数 902文字

 2010年 3月末(4)



 ふたりはその後何もしゃべらず、

 ただじっと......辺りの物音だけを感じていた。

 1時間ほどして、突然現れた看護師に導かれ、

 思いのほか立派な部屋へと通される。

 そこには既に、佐和子とその母、和子がいて、佐和子は順一を見るなり、

 あまりにその場に不釣り合いな言葉を放つのだった。

「ご出発は……よろしかったんですか?」

 この期に及んで、まだそんなことを言うのか......

 思わず、そう喉元まで出かかるが、こんな時に行けるわけがないだろうと、

 目だけでそう答え、武と並んで革張りのソファへと腰を下ろした。

 一方、和子は唯の状態を心配して、順一の見立てを尋ねてくる。

「交通事故だと思うんですが、でもなぜか玄関にいたんです。玄関まで歩いて
 きて気を失ったのか……とにかく傷だらけで……制服にも血がたくさ
 ん……」

 順一はあえてそこで言葉を止めた。
 
 まとまりのない自分の言葉に気づいたせいもあったが、和子の顔つきが、

 一瞬にして歪んだからでもあった。

 幸い(というのはあまりに自分本位であったが)、

 佐和子の父親は海外に出掛けており、 

 この場に姿を見せることはないのだという。

 もし彼に今の発言を聞かれていれば、
 
 きっと何か言われていたに違いない。

 ――何を言っているのかまるで分からん! 
 ――もう少しまとまりよく話せ!

 などと、そんなことくらいは、確実に言葉になっていたはずなのだ。

 それからしばらくして、ひとりの外科医がその部屋を訪れる。

 自分と一緒か、あるいは少しは若いのかも知れないその医師は、

 挨拶もせずにいきなり本題に入り込むのだった。

 突然始まった医師の説明に、順一は戸惑いながらも懸命に耳を傾ける。

 すると幸いにして唯の検査結果は、

 見た目ほど酷い状態ではないということだった。

「今はもう病室で目を覚ましています。ただ、かなりショックを受けているよ
 うで、ほとんど何も話してくれないのですよ。まあ、頭を強く打っています
 ので、しばらくは入院なさった方がよろしいでしょう」

 そして、あくまでも仮定の話だとしながらも、
 
 彼は唯の怪我の原因についても軽く触れた。
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