第4章 – 現れた女(8)

文字数 1,082文字

 現れた女(8)
 


 そこはあまりに雑然とした部屋だった。

 中央に置かれたソファセットを取り囲むように、

 大き目の黒いデスクが3つ……それぞれ、その上には、

 PCのディスプレイが置かれている。

 きっと見ての通り、3人の医師がこの部屋の住人なのだ。

 そんなことが余計に、この部屋の落ち着けない雰囲気を、

 より強いものにしている感じであった。

 飯島がこの部屋を訪れるのは、今回が二度目……一度目は、

 彼がこの土地で目を覚ましてからひと月後、

 晴れて退院となる前日のことだった。

「とにかく内臓が弱ってるんで、落ち着いたら必ず一度、精密検査にいらして
 ください」

 見た目以上に不健康なんだと、担当だった医師は、

「必ずですよ!」と念を押し、飯島を笑顔で送り出していたのだ。

「それをどうして……2年以上もほったらかしにするんですか!?

 今時にしては珍しく、2年前と同じ顔が飯島に向かって怒っていた。

 その日、彼はふと気分の悪さを感じ、

 明け方にひとり目を覚ましていたのだ。

 そのままだと吐いてしまいそうに思えて、上半身だけをゆっくりと起こす。

 したままであった腕時計に目を向けると、夜中の3時を指していた。

 昨夜は美穂子が帰ってきて……確か鮨の出前を取った。

 そこからしばらくのことは、飯島もなんとなくは覚えているのだった。

 しかしいつ頃、どのようにして家に着いたのか、

 そのへんについては何も覚えてはいない。

 その夜前田は、飯島のグラスに少しでも目立った余裕が生まれると、

 すぐに焼酎を注ぎ足した。

 初めのうちは、その都度水を加えていた飯島だったが、

 次第にそんなことも面倒になっていく。

 そうして気がついてみれば、彼はこの土地に来て初めて、

 とことん酔っ払ってしまうのであった。

 彼は今この時、なぜかトランクス1枚しか身につけていなかった。

 それどころか、彼が目を覚ましたその場所は、

 明らかに自分のアパートなどではないのだ。

 どうして? そう思った時だった。

 ――いかん!

 そう感じた瞬間、大量の体液が喉元までせりあがってくる。

 あっと言う間に、飯島の口元から赤黒い何かがほとばしった。

 息ができないまま、次から次へと逆流してくるものに、

 彼はうめき声を上げることがさえできない。

 死ぬんだ……ふとそんなことを思った時、

 強烈な叫び声が響き聞こえるのだった。

 その声に驚いて初めて、

 飯島は胃にあったもの全てを吐き切ったのを知った。

 思いっきり息を吸い込む。

 喉が強烈に痛んだ。

 しかしそれ以上に、激烈な胃の痛みにも襲われ、

 彼はしばらく動くことさえままならなかった。
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