第10章 – 認 知(5)

文字数 1,120文字

 認 知(5)



「知ってるのよね、ふたりともきっと……」

「知ってるって……?」

「いいのよ……だって飯山さんが替わったって聞いた時、やっぱりって顔して
 たじゃない? 唯ちゃんも武も……」

 昔から唯にはチャン付けで、

 佐和子は武については、なぜかいつも呼び捨てであった。

「だから教えて欲しいの。いつ頃から、知ってたの? それに、どうして分か
 ったの? 唯ちゃんが教えたんでしょ? あの人に……」

 立て続けにそんなことを尋ねる佐和子は、

 ずっと問い質す機会を窺っていたのだろう。

「担当は飯山だから安心しろ……」

 そう言って、目を覚ましたばかりの佐和子を武彦が励ましていたのだ。

 しかしその後いくら経っても、飯山は病室に姿を見せない。

 不思議に思った佐和子が尋ねて初めて、

 担当が替わったという事実を知るのだった。

 そして……

 ――やっぱりって、顔してたじゃない?

 その場に居合わせた唯たちが、そんな顔を見せていたということだ。
 
 それから唯は、後ろにいる武を意識しながら、
 
 佐和子へとすべて話していった。

 そんな関係を知るに至った経緯や、

 あの橋桁でのことがなぜ起きてしまったのかなど、

 基本的なところは包み隠さず、話し聞かせていったのである。

「だからね、わたし聞いたの、飯山先生に直接……どうしてお母さんなんかに
 連絡したのって。最初は誤魔化してたけど、結局は全部話してくれたわ」

 唯はあえて画像のことには触れず、あとは武彦の思惑を含め、

 飯山から聞いたこともすべて話して聞かせた。

「でも、こんなことになるんなら、わたしお父さんに言わなければ良かった。
 こんなことになるなんて、全然思ってなかったの。お父さんが知ったって聞
 けば、すぐに諦めるって思ってた。なのにこんなことになって、お父さんど
 っかに行っちゃうし、今だって、どこにいるのか......全然分からない」
 
 話しながら徐々に、唯の目に涙が溜まり始める。

 そんな姿を見ていられずに、

 佐和子は思わず、唯から視線を逸らすのだった。

 それから唯と武は、順一を許して欲しいと頼んでいた。

 できるなら今後、まだ元通り、

 みんな一緒に暮らせないかと声にしたのである。

 しかしいくらそんなことを訴えても、

 佐和子は一見、何も感じていないように見えた。

 眉ひとつ動かさず、やはりあらぬ方向を見つめたまま。

 けれどきっと、何かを感じてはいたのだ。

 その時、佐和子は指先に力を込め、

 シーツを固く握り締めるくらいには、

 小さな動揺を見せていたのである。

 それから数日後、佐和子は退院して実家へと戻っていった。

 そしてしばらくは家で暮らしていた唯と武も、

 半年後にはその家からいなくなってしまうのだった。
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