第9章 – 覚醒(12)

文字数 1,025文字

 覚醒(12)



「唯……なのか……?」

 やっと搾り出した順一の声に、彼女はいきなりしゃがみ込んだ。

 そしていきなり大声を上げ、その場で泣き出してしまうのだった。

 それはやはり覚えのある唯の声そのもので、

 順一はあまりの偶然に驚きながらも、

 2年振りに出会う娘へと近づいていく。

 それから彼女の肩に手を置いて、少しだけその指に力を込めた。

 ごめんなさい……ごめんなさい……。

 唯は何度もそう言って、順一の腕を強く握り返すのだった。

 彼女は間違いなく、順一の娘である唯だった。

 しかし2年という年月は、その姿を大きく変化させてしまっていた。

 だからといって、好ましくない印象というわけではない。

 ただ少なくとも順一へは、

 さらに遠い存在になってしまったと思わせていた。


               *


「あの頃、武って学校あんまり行ってなかったでしょ? だからわたし、お父
 さんが病室を出て行ってすぐ家に電話したの……そしたらやっぱりあいつ、
 いたんだ。だからお父さんが行く前に、多摩川の橋桁のところに隠れててっ
 て頼んだの……」
 
 ――あの時あそこに……あいつがいたのか!?

 そんな事実に衝撃を受け、

 順一は今さらながら、その場所であった出来事を思い返した。

 そして見ていたであろう武の気持ちを思い、

 いたたまれない気持ちになっていく。

「一応、全部説明したんだ、その電話でね……結構ショック受けてたみたい
 だった。それはそうよね……お母さんの浮気相手を、お父さんが呼びつけた
 なんて聞かされたんだから。でも、まさかあんなことになるなんて、わた
 し、ぜんぜん思ってなかった……」
 
 そこで唯は大きな溜息を吐き、ぽつり、独り言のように呟いた。

「全部、わたしのせいよね……」

 そう言ってうな垂れる唯は、高級そうなソファに座り、

 さらにその後にあったことを話し聞かせるのであった。

 男へのメッセージを送信したあと、

 順一はそのままアイフォンを唯へと返していた。

 だから、そのまま残されている文章を読んで、

 彼女は咄嗟にそんな機転を利かせたのである。

 しかし出来事はあまりにあっという間で、

 夢遊病者のように歩き去る順一を見送ってから、

 武は慌てて佐和子のもとへと走ったのだと言う。

 お腹を殴った……? 

 そんな感じに見えていた武は、そこで目にするまさかの惨状に、

 一瞬だけの躊躇を見せる。

 しかしすぐにおおよそを理解し、

 祖父、野村武彦へと電話を掛けたのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み