第11章 – 2月某日(4)

文字数 935文字

 2月某日(4)
 


 静岡駅から電車を乗り継ぎ、

 佐和子は玲子の生まれ故郷へと......初めて降り立つ。

 そして駅を出て、目の前にあった大きな案内図で、

 海の方向を目指そうとだけ決めた。

 家の前が海だったということだけで、

 行く手が正しいかどうかなど分からない。

 けれどとにかく佐和子は、真正面の大きな道路を歩き出すのだった。

 それからすぐ、ちょっとした商店街に出たところで、

 順一との運命の再会を果たすのである。

 しかし彼はなんの反応も見せずに、その場からどんどん歩き去ってしまう。

 彼女はそのまま順一のあとを追いかけ、

 アパートの一室に消えることころまで付いていった。

 それから3日目の夜、佐和子はその部屋の住人の名を知り、

 驚きのあまり絶句することになる。

 ――飯島正行。

 A4の紙に印字されたその名を、

 佐和子はホテルのラウンジで見つめていた。

 駅近くのホテルにチェックインし、

 グーグルで地元の探偵社を探し出したのだ。

 その後たった2日間で、順一がどうして、

 そんな名で平気でいられたのかを知り得ていたのである。

 ――記憶喪失で発見された……。

 ――だから、わたしのことも分からなかったんだ!
 
 ホッとしたのもつかの間、

 佐和子はすぐに、これ以上何をすべきかが分からなくなる。

 その報告書には、娘ほども年の差のある女性と、

 交際しているらしいとも記されていたのだ。

 もし彼が今、幸せであるのなら、

 彼女がしようとしていることは、はなはだ独り善がりだと言えやしないか?

 どうしよう……? 

 このまま黙って東京に戻るべきか? 

 そんなことを感じながらも、佐和子は報告書に書かれた順一の生活を、

 数日間こっそりと覗き見ていった。

 そうしてすぐに、

 もう少しジタバタしてみようと、彼女は思い直すのだった。

 それは順一のスナックが休みの日のこと、

 彼と女性が連れ立って歩く姿を、

 佐和子はアパートの前で偶然見かける。

 そしてその時、彼の笑顔やその顔つきが、

 どうにも幸せそうなものには見えなかったのだ。

 佐和子はそれから一度東京へと戻り、

 しばらく戻ってこないことを念頭に、さまざまな雑事を終わらせる。

 そして再びその街を訪れ、順一のスナックへと足を踏み入れるのだった。
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