第7章 – 土砂降り 〜 2010年 3月末(13)

文字数 1,117文字

 2010年 3月末(13)



「きっと何年も日本にいるんだよ。動画の中で、でかい方の男は片言だけど、
 もう一人の金髪は日本人みたいに話しているから……でもさ、本当に行く
 の? 絶対に、止めた方がいいと思うよ。お願いだからさ、警察に電話しよ
 うよ......」

 そう言って武が懇願したのは、病院に到着してすぐに、
 
 唯に起きていた事実が知らされてのことだった。

 唯は大怪我を負ったものの、命に別状がなく発見されていた。
 
 それは順一と武がまだ車の中で、
 
 まさに病院へと向かっている頃のこと......。

 発見してくれた看護師が屋上へと向かうのは、
 
 その夜、もう二度目のことだった。
 
 しかしやはり......屋上にその姿はなく、外の非常階段で下りてみようと、
 
 思い立ってくれたことが幸いしていた。

 カーディガンを羽織っているだけの格好では、
 
 その階段は吹きつける風が冷たく、すぐにでも凍えてしまいそうだった。
 
 ――こんな寒いところにいる筈ないわ……。

 そんなことを思った時、それは1階分だけ下り切る寸前だ。

 次の階段へと続く踊り場に、

 下を覗き込むように座り込む人の姿を見つける。

 その足下があと10センチ前にあれば、

 次の踊り場まで転がり落ちることになるだろう。

 そんなところに、誰かが座り込んでいる。

「そこいるあなた、唯さんじゃない?」

 思わず声を掛けるが返答はない。

 しかしよく見てみれば、それは間違いなく唯の姿であったのだ。

「唯さん、みんなが心配してるわ……さ、病室に戻りましょう」

 そして、看護師はその声のすぐあとに、

 ゆっくりと重心を傾ける唯を目撃したのである。

「それじゃあ……あいつは、自分から階段に落ちていったんですか!?

 驚いて声を上げる順一に、

 その看護師は、小さな頷きを見せるのだった。

 しかしだからといって、
 
 死にたいと思ってのことだとは、到底考え難かった。

 ――子供を……殺そうとしたのか……お腹の子を……。
 
 既に流れてしまっていることを知らされないまま、
 
 唯はきっと苦しんだ挙句、そんなことを決断したに違いない。
 
 ――かわいそうに……。

 そんな決断に至る苦しみを、
 
 順一は初め、そんな風に感じていた。

 しかし次第に、新たな感情が込み上げてくる。
 
 それは、唯に対する苛立ちの感情だった。

 馬鹿なことしているんじゃない! と、
 
 心からの腹立たしさが込み上げてきたのだ。

 そして......そんな怒りが、
 
 諸悪の根源である外人ふたりへと移り切るのは、
 
 あっという間のことでもあった。

 ――許せん!
 
 ならばどうしたらいいのか……
 
 その答えを彼は既に、さっき車の中で決めていたのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み