第6章 – 決意 〜 2012年秋。

文字数 759文字

 2012年秋。



 病院で検査結果を聞いてから、ふた月が経過していた。

 胃はたまに痛んだが、

 かえって以前よりその頻度が減ったように感じるくらい、

 飯島の体調はまずまずだった。

 何もしなければあと1年――しかし何かをすれば、

 きっと病院から出られなくなり、下手すれば、

 もっと早い最期がやってくるかも知れない。

 1年あれば、たとえ、そのうち動けるのが半年だったとしても、

 飯島はそんな時間を優先させたかった。

 そしてさらに由香とのことも、

 やはりこのままではいけないと、思うようになっていた。

 そう心が決まったのは、高熱で寝込んでしまった次の日にあった、

 ちょっとした出来事がキッカケだった。

 ――明日の朝、また同じ頃、顔を出しますから……

 そんな薫の置き手紙を読んで、

 飯島がパジャマだけは着替えておこうと立ち上がった時……

 ドアがゆっくりと開けられ、小さな鍋を抱えた笑顔の薫が現れたのだった。

「お粥ばっかりじゃお嫌でしょうけど、飯島さん、胃の具合が良くないって由
 香ちゃん言ってたから……」
 
 そう言って微笑む薫に、彼は顔を左右に振るだけで答えていたのだ。

 そして朝食も終わり、薫が食器を洗い終わった頃、

「飯島さん! どうして連絡してくれなかったの?」

 そんな声が、突然部屋中に響き渡る。

 その瞬間、飯島が着替えている姿を、

 息を切らせた由香が真正面に見つめていた。

 そして玄関に立ち尽くす彼女に向け、

 薫の何気ない言葉が差し向けられる。

「飯島さん、もう熱は下がったみたいですから、あとは、よろしくお願いしま
 す」
 
 左手にある台所からそう言い残し、
 
 薫は鍋を小脇に抱え、そそくさと出て行ってしまう。

「お邪魔しました……」
 
 ドアを閉める寸前に耳にしたそれは、
 
 明らかに飯島へではなく、由香への言葉であったのだ。
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