第4章 – 現れた女(6)

文字数 844文字

 現れた女(6)



「いや、前田さん、仕方ないですって……こっちは探偵まで雇ってくると
 は、まるで思ってなかったんですから。きっと嘘八百を並べ立てて、不動産
 屋を信用させたんでしょうし……」

「よし! 今度は何があっても、口を割ることのないようにきつく言っておく
 から……本当に申し訳ない。とにかく、すぐにでも新しいアパートを探させ
 るよ」

 前田はそう口にした途端立ち上がり、

 携帯電話をいじりながらリビングを出て行く。
 
 そして再び戻ってきた時には、

「おんなじ家賃で、今夜からすぐ住めるとこ紹介しろって、彼女がいるってい
 うビジネスホテルに、今すぐ迎えに行けって言っておいたから……とりあえ
 ずは大丈夫だろう」

 などと言ってくれたのだ。
 
 だからあとは、恐らくはバレているだろうスナックのことだった。

 しかし着信がスナックの番号だからといって、

 必ずしもそこで働いているとは限らない。

「わたしがスナックで働くなんて、普通は絶対に、考えつかないと思うんで
 す……」

 だから誰かが、写真を見せ、薫のことを尋ねてきたら、

「ずいぶん前に一度、電話を貸したことのある客に似ている」

 そんな感じで返して欲しいと、彼女は言ってきたのである。

 ――しかしだからといって、そんな曖昧な答えを、
   相手は簡単に信用するものだろうか?
 
 実際、そんなふうにも思うのだ。

 しかしこのままスナックで働いてもらうのなら、

 今のところは、こんな手立てしか思いつかない。
 
 恐らくは明日の晩、そんな場面が訪れることになるのだろう。

 そして、それがうまくいかなければ、

 あとは警察の手にでも委ねるしかないのだった。

「明日の夜中にでも、こそっと彼女のアパートから荷物運んでおくよ。大丈
 夫、途中ちゃんと目くらまし入れさせるから、絶対に、足はつかないっ
 て……」

 そう言って笑う前田は、本当に次から次へとよく気の回る男だった。

 きっと施設での生活や、その後のさまざまな苦労をした経験が、

 彼をそのような人間にしたのかも知れない。
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