第5章 – 崩壊(4)

文字数 597文字

 崩壊(4)
 


 裁判で戦う――それが会社の判断だった。

 あの老婆に印鑑を押させる……彼にはそんな事実が、到底信じられない。

 3ヶ月前にはもう少しまともだったとしても、

 その兆候が出ていないなんてことがあるわけがない。

 それに半年に渡って説得を重ねていたのだから、
 
 気がつかないという方がまるで不自然だった。

 ちょっと受け取りの印を、なんてものとは次元の違う話であるのだ。

 どう考えたって、こっちが悪い。
 
 しかし会社はそうは思わなかった。

 家主は正常な判断力を持ち合わせていた。
 
 だから、なんらやましいところなどないと、
 
 担当していた部下たちは言い張ったのだ。

 それに対し、一度は契約を破棄すべきとする順一は、

 いとも簡単にプロジェクトから外されてしまう。

 そして今日聞かされた内示について、本来なら彼は、

 一刻も早く佐和子に伝えなければならないのだ。

 なのにもう時計の針は、午前1時を回ろうとしている。
 
 そして佐和子も唯も、依然帰ってくる気配さえないのである。

 武に至っては、
 今はもういるのかいないのか、それさえも分からなかった。 

 あとたった2ヶ月ちょっとで、彼は赴任地へと向かわなければならない。

 そんな短い時間で、
 家族の関係を修復することなどできるはずもなかった。 

 ――仕方ない……。

 今日1日何度も唱えていたそんな台詞を、

 順一は今一度、心に強く思い浮かべるのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み