第4章 – 現れた女(12)

文字数 676文字

 現れた女(12)
 


 一方、薫は飯島の部屋に入って、さも物珍しそうに辺りを見回す。
 
 そしてフッと溜息を吐き、続けて静かな声を発するのだった。

「なんだか、凄くきれいになさってるんですね。まるで、奥様がいらっしゃる
 みたいだわ」

 その感触を確かめるように、
 さもゆっくりと、飯島から差し出された座蒲団へ腰掛ける。

 飯島はそんな仕草を眺めながら、

「何もない部屋ですから……散らかしようがないんですよ」
 
 などと言って、お茶をいれようと台所へと向かった。

 飯島の部屋は確かに、2年も暮らしている割に物が少なく、

 テレビはおろか、ラジオさえ見当たらない。
 
 そのことについて薫が尋ねると、

 彼は頭を掻きながら、隣の部屋を指差した。
 
 薫が視線を向けると、6畳ふた間のもう片方に、

 たくさんの本が山積みにされているのが見えた。

「空いた時間は、だいたいは本を読んでるんです。だからテレビがあっても観
 ないだろうし……」

 そんなことを言いながら、飯島は薫へコーヒーカップを差し出した。

 ところがだ。

 彼が自分用に持ってきていたのは、明らかにコーヒーなどではなかった。

「飯島さん……コーヒー、お嫌いなんですか?」

 彼女がじっと見つめているその先には、

 煎茶であろう湯呑み茶碗が置かれていたのである。
 
 そんなことを指摘する薫の声には、

 なぜか、妙に突き刺すような響きがあった。

 しかし飯島はそんなことに気づきもせず、その声への答えを口にしていく。

「こんなことは不思議と覚えてて……確か昔から苦手だったんですよ。苦味が
 ね、どうにもいかんのです。子供みたいですよね……」
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