第7章 – 土砂降り 〜 2010年 3月末(20)

文字数 816文字

 2010年 3月末(20)



「誰からだったんですか? ずいぶん大きな声を出されてましたけど……」 

「岩井部長……いや、元部長だな、とにかく岩井がいきなり、海外へは行けな
 いって言ってきたんだ」

「ちょうどいいじゃないですか、例の案件、お願いしてみたら……どうせあっ
 ちは、副店長なんて、いなくたって回るんですから」

「馬鹿なこと言うな! そんなこと社長が許すわけないだろう!? だいたいよ
 くそんなことが言えるもんだ! おまえのチームがいい加減なことを言うか
 ら、今のようなことになったんじゃないか!」

 こんな声でそのオフィスは、一気に静まり返ったのである。

「契約印をいただいた頃は、誰の目にもしっかりとなさってました、間違いな
 いです」

 岩井の部下だった買収担当チーフ金坂は、

 そう言って会社の信用を勝ち得ていた。

 そして結果、彼は岩井の後釜へと座り、

 裁判も簡単に片がつくだろうと思われていたのだ。

 ところがだった。

 土地の所有者であった老婆が、

 実は何年も前からおかしくなりつつあったと、

 そんな証言があちこちから出てくる。

 そして今や事態は、

 契約を破棄すれば収まるということではなくなっていたのである。

 そんななか、老婆のひとり息子がつい先日、

「あの岩井っていう部長となら、和解案を相談してもいい。しかしそれ以外な
 ら、誰であろうと和解等に応じるつもりはない」

 と、弁護士を通じて言って来ていたのであった。

「でも甘地常務……岩井さんに頼むしか、もう打つ手がないんです」

「今さら岩井に頭を下げられるか! なんとかしろ! そのために高い弁護士
 料払っているんだ!」

「もう、そんなことを言ってる状況じゃないんです! このまま買収できなけ
 ればどんなことになるか……うちの信用はがた落ちで、常務だって、そんな
 ことは充分お分かりでしょう!」

 そんな金坂の声は、だだっ広いそのオフィスに、
 
 まるで拡声器でも使ったかのように響き渡った。
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