第7章 – 土砂降り 〜 2010年 3月末(11)

文字数 810文字

 2010年 3月末(11)
 

 そうだった。

 どうしていたのか......ではなく、

 これから、 どうするかが問題であるのだ。

 とにかく、このことはしばらく内緒にしておこう......

 まず、頭に浮かんだそんな台詞を、順一が武へ言葉にしかけた時だった。

 どこか遠くで、電話の着信音が鳴っている気がした。
 
 あらぬ方に目を向ける順一に向かって、
 
 武がすまなそうに声にする。

「ごめん……2階の子機は僕……うるさいから1階に戻しちゃったんだ……」

 そう言って部屋を出て行こうとする武を制し、
 
 順一は自ら、1階へと下りていった。

 外は完全に夕闇に包まれており、

 明かりを点けないままであった階段から先には、

 重苦しいほどの闇が広がっている。
 
 そんな暗い階下にある部屋から、無機質な着信音が響き聞こえる。

 嫌な予感がしていた。

 今あるこの状況で、そう思わないでいられるほど、

 順一は楽観的なタイプではなかった。

 そして受話器を手にした彼は、

 予想通りに、耳も疑うような現実を知ることになる。

 電話口の声は、唯がいなくなったと告げていた。

 さっきまで眠っていたはずの病室から、

 忽然と姿を消してしまったらしいのだ。

「どこか……心当たりがございますか?」

 既に敷地内にいないとすれば……と、電話の声はそう尋ねていた。

 順一はとにかく、病院へ向かうとだけ告げて電話を切った。

 切ってしまってから、

 ふと、恐ろしい考えが浮かび上がるのだった。

 ――もし、唯の身に何かあったら……。

 そんなことを思うだけで、身震いするほどの怒りが込み上げてくる。

 万が一そんなことになれば、

 警察に任せるという手立てが、普通の流れなのだろう。

 しかしそうした場合に、目的達成までに必要となる時間は、

 直接行動を起こした時の何倍にもなるに違いない。

 ――的外れであってくれ! 

 そう心に強く願いながら、順一は再び武を従え、

 病院への道を急ぐのであった。
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